電通が出している「電通報」にこんな記事がありました。
Z世代の「海外旅行離れ」は国際意識の低下を招くのか? | ウェブ電通報
曰く、海外旅行経験の有無と国際意識の低下は相関しない、というのです。まず、Z世代とは15-29歳の人だそうです。今の大学生はそのど真ん中ですね。うちの子はこれより下の世代なので、α世代でしょうか。
データを見ると、まず「今後一生、一度も海外旅行に行けなくても別に構わない」という問いに対して、全体で60%もの人が「そうだ」と答えていることが驚きです。老人がそう答えるのは、「もう何度も行ったしね」というのもあるかと思うので理解出来ますが、まだ人生をちょびっとしか生きていないZ世代でさえ、やはり6割近くです。一方でそう答えるZ世代の6割以上が「グローバルに活躍できる能力は必要」と考え、「国際感覚は日本に居ても身に付けられる」と思っているので、国際意識は高いのだ、と筆者は主張しています。また、ネットワーク上でのコミュニケーションが中心となっているZ世代にとっては、実際に海外に行くのは時間もお金もかかることであって、コスパ、タイパが悪いのだと考えているとしてそれを説明しています。わざわざ海外に行く必要が無いと考えているだけであって、決して国際化に対して後ろ向きなわけではない、と。
皆さんどう思います?私は全然ズレていると思います。まず、「海外旅行」と「国際化」をリンクすることに無理がある。「旅行」は娯楽の意味が強いと思います。私は必要があって海外に行くのであって観光はオマケ(オマケでも色々知ることは大切ですけど)。観光旅行客と同じように飛行機には乗るかも知れないけど、見物が主要目的ではありません。学生にとっては、国際学会に参加したり、他大学に留学したりすることが大切なんであって、それは自身の国際化に大きくプラスになりますし、一度行くと国際的になるんではなくて、その必要性をうんと感じて帰ってくる、その後の研鑽を通じて国際化が果たされていく(また海外に行き、経験を積み、少しずつインプルーブされ、国際人になっていく)、そういうことですよね。まあ、旅行であっても、全く海外に行ったことが無いよりは行くだけで色々感じることはあるでしょう(多感な人なら)。特に若いうちは居心地の悪い思いをすることが大切で、「これは何だ!?」という経験が自身を開眼させることにつながります。ただ、この記事ではずっと「旅行」という言葉を使っているので、それを強引に国際センスみたいなことに結び付けようとしているように感じられ、大いに疑問です。
例えば、添乗員さんと一緒に観光地を観光バスで巡るようなパッケージツアーだと、それは「日本カプセル」に入ったまま、窓の外の景色を眺めているのと同じです(以前TGVの中でおにぎりを食べている日本のツアー客集団を見掛けた)。それでも、先日のヴェルサイユ宮殿とか、万里の長城とか、エジプトのピラミッドとか(見たことありません)、そういうものを見物したら、それなりに「へえー、スゴイね」「これは一体どういう人が作ったの?」と少しは他国の歴史や文化に興味を持つでしょう。それも国際化と言ったらそうなのかも知れません、何も無いよりはマシ?でも、日本カプセルに入ったままで「グローバルに活躍できる能力」ってのは絶対得られないと思います。上記のとおり、この居心地の良い日本を出ないと。敢えて居心地の悪い世界(言語違う、食べ物違う、色んな風習が違う)に敢えて飛び込まないと、自分をアダプトすることの難しさを認識することも出来ないですよ。それこそ、日本に来た外国人の人がどう生きているのか、何に苦労しているのかを想像することも出来ない。
スマホの画面越しでどれだけ英語を話したり聞いたりしたところで、やはり分からない。究極の日本カプセルどころか、自分の部屋で自分が知りたいことだけを検索し、顔の見えない相手に対してコメントを発しているのは「自分カプセル」に引きこもっている状態です。国際化するというのはその真逆ですね。自分に不都合なことが起こりまくる。経験も無いくせにタイパとか考えているとしたら、それも全くオカシイです。居心地の悪い、自分の知らなかった世界に飛び込むと、例えばお腹が空いたので街のパン屋さんに行ってパンを買う、という行為だけでもハラハラドキドキの挑戦になるんです。つまり、敢えてコスパ、タイパの悪いことをしていることが国際的経験である、と言っても過言ではありません。逆に言えば、そういうリアル体験無くして国際化とは何か?を理解し、学ぶべきを学ぶことは絶対出来ないんですわ。
なので、この統計のデータはショックです。日本人の6割もの人が「関心無ーい」と答えているようなものですからね。特に学生諸君(すなわちZ世代!)はこんなの無視してください。行かないと(旅行じゃないよ)何も起こりません。居心地が良すぎる日本カプセル…。