「私は、昭和生まれのアナログ人間」そういうことが書きたいわけではないです。まあ、それは事実で、つくづく自分はアナログだとは思います。技術がどうの、ではなくて考え方とか行動が。その通りなので不思議でも何でもないのですが、古い人間ですねえ。
いや、アナログオーディオ(具体的にはレコード盤)の音に最近はまっています、という話です。元々音楽大好き。楽器は弾けないけど、歌うのは(上手じゃないけど)好き。中学生の頃にオーディオ趣味にはまり(最初のスピーカーを作ったのも中二の時)、現在に至ります。当時は、テレビ、冷蔵庫、洗濯機といった「三種の神器」を手に入れた後の高度成長期、多くの人がゆとりある暮らしに憧れて、ステレオコンポ(死語)が売れまくり、秋葉原の電気街が大賑わいしておりました(今はすっかり様変わりして・・・)。かくして小さな木造二階建ての我が家にもパイオニアのコンポ(Component Audio、つまりレコードプレーヤー、アンプ、スピーカーなどが別体のシステムのことを言います、その前は一体型が多かった)がやってくるのです(親父、エライぞ!)。イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)に出会って俄然音楽に興味を持ち、その後兄貴の影響もあって、Emerson Lake & Palmer (ELP), Yes, King CrimsonなどProgressive Rock(プログレ)と呼ばれた1970年前後の洋楽にドはまりするのです。「テクノ・ポップ」と言われたYMOの坂本龍一はもちろん、ELPのKeith Emersonも初めて音楽にシンセサイザー(電子楽器)を持ち込んだ人たちであり、その音の新しさ、テクノロジーが新しい芸術を生み出すことに単純に感激し、自分の理系化が進んでいった様に思います。その後、自分は本当に理系になり、音楽趣味も先鋭化していって、好きではない人にとっては恐らく疲れてしまう感じの「プログレ」が大好きになったのでした。そこは自分の欠点だったと今は振り返るのですが、何事も二極化したりして、「○○こそが究極!」「○○はダメ!」みたいに極端な反応をすることが多かったですね(だからクルマもエスカレートしてポルシェ911を買ってしまった)。以降の80年代のロックとかは芸術ではなく商業的で、ツマラナイ。1970年代前半でロックは完成してしまった!ぐらいに思ってました(今はそう思わない)。昨今は音楽として何の価値も見出せないモノも多く出回り、大量消費されているのも事実ではありますが、「音楽って良いものですよね!」死ぬまで人生は音楽と共にあると思います。
さて、アナログオーディオの話に戻ります。上記の音楽と出会った頃は全てアナログだったのは当然です。レコードの原理はエジソンの蓄音機と同じですし、カセットテープ(磁気テープ)でFMラジオを録音するエア・チェック(死語)が当時は全盛。レコードは埃でプツプツいうし、カセットはヒスノイズと言われるサーという雑音が常に聞こえる。曲順を入れ替えたり出来るし、そもそもメディアに音楽データを記録する必要さえない配信サービスが中心となった今のデジタルの気楽さは全然ありません。レコードやレコード針、それから磁気ヘッドも時々クリーニングしなくちゃならない。メンドクサイ上に音も悪い。それでも、当時の愛機だったビクターのラジカセ(死語)に外部スピーカーを繋ぐと本体のスピーカーよりもずっと良い音がするので、オーディオのことがもっと知りたくなり、ビクターに質問状を送ったりする中学生でした(返事をくれましたよ!ビクターの技術者の方の親切さに感激しました!)。父親の転勤で中一から埼玉で生活していたこともあり、友達と毎週末の様に秋葉原に行き、オーディオ屋さんを回ってカタログ集め、メーカーの試聴室で試聴(そんなサービスがあったんです)。今でもそうなんですが、アナログオーディオだと特に物量投入が正義。真鍮製の重いターンテーブル、巨大なヒートシンクを備えたアンプ、38センチウーファーを備えた大型マルチウェイスピーカー。中学生にはもちろん買えませんし、そもそも家に置くスペースも無い。今のテクノロジーに比べたらとっても分かりやすい「良い音」を求める単純な方法論、それを極めた製品に憧れました。
それで、上記のとおり中二の時に初のスピーカー工作に挑みます。理屈はあまり良く分かっておらず、本来ならば小さいモノから始めて、色々経験を積んでいくことが望ましいですが、経済的にも時間的にも場所的にもそんな余裕はありません。なので、いきなり結構大きいスピーカーを作りました。自分なりに、絶対に失敗しないモノ、少ないパーツで低音から高音までカバー出来るモノ、と思い、当時FOSTEXと人気を二分するスピーカーユニットメーカーだった、Coral社の25センチフルレンジ(全帯域用)とパッシブラジエター(低温増強用)を70リットルの箱(FOSTEXのキット箱でしたが、大きすぎですね)に入れ、ホーンツイーターを足したシステムを作りました。母親が一緒に秋葉原に行き、買ってくれました(ありがとう!)。ユニットを取り付ける穴を綺麗に空けるために、電動ドリルとか電動ジグソーが欲しかったのですけど、それは「危ないから」という理由で却下。糸鋸でせっせと穴を空け(斜めになってしまう!)、箱にニスを塗り、ユニット配線、取り付けて音が出た時は感動、感激!!!今思うと、決して良い音では無かったですが、このスピーカーはその後、長い間使いました。
時が過ぎ、自分が大学に入った頃、CDプレーヤーが一般化しつつありました(まだ高価でしたが)。CDはSONYとPhilipsが決めた規格で、16 Bit, 44.1 kHzというサンプリングレートは、人間の可聴帯域である20 Hz - 20 kHzをカバー出来るから、で決まったそうです。人生初のCDプレーヤーを大学生の時に買いました。プツプツもサーも無く、無音状態から音が飛び出してくるCDの音の良さに感激しました。おまけに、曲の頭をボタン一つで出せるのです!ところが、いわゆるオーディオ評論家の人たちはCDの音の悪さを酷評しているのでした。それは、最高峰のアナログオーディオの音を聞いたことが無いからである、と今になっては分かります(今も最高峰は聞いてませんけど)が、当時はデジタルの圧勝と思いました。それでまあ、そんな評論家さんの意見はどうでも良くて、自分のデジタルオーディオ化はどんどん進んで行きます。2台目に買ったDENONのCDプレーヤーはずっと音良かったし、今はなきSANSUIのアンプも良かった。それで満足していました。あと、録音出来て曲順も入れ替えられるMDの登場、CDを丸々コピー出来るDAT (Digital Audio Tape)も入手し、デジタル化が進められる一方でアナログレコードやカセットには見向きもしなくなりました。同じ時期を経験された方は、やはりそうだったのではないでしょうか?本格オーディオが無くとも、ラジカセがCDラジオに変わり…。
岐阜大学に勤め始めてから2,3年経った頃、恐らく1997年頃に、長らく使った上記自作スピーカーの音がかなり悪くなってきました。電気信号を音波に変換するトランスデューサーであるところのスピーカーが一番大事、と思っている私としてはある程度スピーカーにこだわりたかったので、オーディオ雑誌を手に取り、どれにしようかな、と検討を開始しました。しかし!ポータブルオーディオが一般化したその頃、国産メーカーはほぼ死に体で、評価の高いモノは海外製品。JBLとかB&Wとか、良いかな、と思ってもちょっとしたブックシェルフ型の小さいスピーカーでペア50万円以上。まあ、既に財力はあったので、買えないでもないけど、ちょっと気が引けます。さらには、もっと本格的なモノを、となると1台数百万!これは手が出せないし、果たしてそんな値打ちがあるのかも疑問。そしてふと「そうだ、もう一回自作しよう」と思い立つのです。名古屋の大須でFOSTEXのS100という10センチフルレンジとFT96Hというスーパーツイータを買い、ホムセンで板だけでなく、ついに様々な電動工具も手に入れて、長岡鉄男師匠の本を教科書に、容積7リットルぐらいの完全オリジナル設計のバスレフ箱を作るのです。サイズがサイズなので、当然豊かな低音とかは望めませんが、なんと良い音がすることか!まあ、諸々の工具代とか、ヤスリとか塗料とか全部合わせると軽く30万円ぐらいは使ったと思いますので、自作することで安上がりにはなっていません。なにより良かったのは、木工の基礎について学べたことでした。電動ジグソーを使えば簡単に綺麗な丸穴を開けられること、しっかり下地をヤスリ掛けし、何度もニス塗りと中研ぎをすれば工芸品の様な美しい木目を出せること、など工具の役割や使い方、「ああ、こうやって作るんだ」ということが分かりました。それらを使いこなす職人さんの技の凄さを思い知ることも出来ました(リスペクト!)。その時作った吉田音響工房(YONKO)のスピーカー一号機は今でも我が家で活躍しています。その後、色々なタイプ、20種類以上のYONKOスピーカーが誕生しました。多くは友人に原価で譲り(使ってくれてるかな?)ました。我が家では1台100キロを超えるFOSTEXの限定版20センチフルレンジを使った大型バックローデッドホーンとScanSpeakのRevelatorユニットを使ったD'Applolitoデザインの2Wayリファレンススピーカーが現在も活躍中です。
上記と相前後しますが、オーディオ趣味が過熱して、前段機器もちょっと上のレベルに。ハイエンドメーカーのKrell(倒産しました)のローエンドプリメインアンプK300iは今でも愛用しています。同時に買ったKrellのCDプレーヤーは調子が悪くなり、WadiaのCDプレーヤーを奮発しましたが、それも壊れ、今はCambridge Audioの安いCDプレーヤー(良い音しますよ)を使っています。とは言え、家でじっくり音楽を聴く時間などなく、音楽を聴くのは専らクルマの中。なのでカーオーディオにも結構投資しましたね。ロクな音はしませんけど。そして、アナログを振返ることなどもちろん無く、音源は常にデジタル。ただMP3とかはさすがに音が悪いので、WAVデータをUSBにコピーして聞く、というのが定常化してました。しかし昨年の暮れ、長年考えていたMCカートリッジの導入を実行しました。レコードプレーヤー(定番商品、Technics SL-1200)はずっと持っていたのですがSHUREのMMカートリッジは音が悪かった。レコードの溝の振動を電気信号に変換するカートリッジというのは大変大切な部品で、詳しい違いはここでは省きますが、MM (Moving Magnet)とMC (Moving Coil)という方式があります。音が良いと言われているのは後者。ならばMCだけで良いと思うでしょうけど、MCの欠点は300時間程度が寿命の針を交換出来ないこと(新品と入れ替え)、発電量が小さいためにヘッドアンプでの増幅が必要で、S/Nが悪いことで、お手軽さはMMの勝ちです。S/Nが悪いのに音が良いとはどういうこと?と思われるでしょうが、何しろ振動しているカンチレバーに電流が流れるコイルが付いているので、小さい振動も余すことなく電気信号に変換します。ずっと前、友人がMCを使っていたので、その良さは知っていたつもりではありましたが、さすがにデジタル全盛の今、わざわざ高価なMCカートリッジを導入することで満足するとはちょっと思えなかったのでした。半信半疑でAudio Technicaの中堅モデルを自分へのクリスマスプレゼントに買ってみたのです。ヘッドシェルを新調し、針圧を合わせ・・・出てきた音に、もうビックリ!プツプツ…ザワザワ…と騒音は出ていて、ひずみもノイズも多いのですけど、出てくる音は圧倒的に「らしい」音でした。人の声が人の声に聞こえ、ギターもピアノも弦を弾く瞬間が見えるのです。そこにいる実在感、温度感はレコードの勝ち。調子に乗って、最新録音(録音はデジタルだと思う)のLPレコードや、古い名盤をリマスタリングした重量級LPも買いまして、それらはさらに上を行く!もうだいぶ古くなっているんですが、自作スピーカーの音の良さも改めて知りました(余計な補正回路とか入ってないからだと思う)。同じ曲をCDと聞き比べると、確かにCDの方がS/Nは全然良いし、ひずみも少ない。でもLPの方が音が良い!なんで?と自分でも思う程に違う。評論家諸氏が断言し、自分では「そうかねえ」ぐらいにしか思っていなかった、アナログの優位を今では全面的に認めます。
特に良いのは元々録音の良いAlan Parsons ProjectやSteely Danのリマスター盤ですね。Kate BushやPeter Gabirielの声にもゾクゾクしてしまいます。「プログレ」はその名のとおり進化を続けていて、ELP, Yes, Genesisで終わってない!特にプログレッシブメタルの雄、TOOLはアメリカなのに凄く暗い!良い!Dream TheaterやEpicaもドラマチックで良いですね。そして、最近になってその存在を知り、大好きになったのがPorcupine Tree、リーダーであるSteven Wilsonのソロです。Steven Wilsonは私とほぼ同い年。活動長い人なので、知らなかった私が恥ずかしい。その暗さ、陰鬱さはPink Floydに近いかも知れないけど、音楽性の高さはAlan Parsonsの再来と思います(方向性は違う)。やっぱりロックはイギリス!PTサイコーです!
まあ、そんな私の音楽趣味はともかく、なんでこんな長い文章を延々書いたかというと、テクノロジーの進化の過程で忘れてきたモノがあるとつくづく思ったからです。しかも、これは自分が知っていたハズの、知ってるつもりだったこと。デジタルの利便性の高さ、気軽さを享受する中で、アナログオーディオを見向きもしなくなっていた。確かにデジタルは便利です。BGMで流し聞きする程度であれば、聞きたい曲をすぐに再生できるデジタルは良い。再生する度に消耗する高価な針の寿命を気にすることも無い。アナログがデジタルに淘汰されたことは当然ではあります。ただ、慣らされ過ぎてしまって、良い音を追求すること、音楽を鑑賞するという豊かな時間の過ごし方まで見失っていた様にも思います。面倒を回避する中で、本来の目的を忘れてしまった感じです。今、効率化を追求する中で研究データの処理や成果の出版作業もほぼ完全にデジタル化されています。それこそ、論文を書く英語力が無くても、AIが文章を書いてくれます。でも、それはその研究者が本当に伝えたかったことなんですかね?自分が研究を始めた頃、データの記録はアナログのペンレコーダーでした。それをコピー機で複写し、トレーシングペーパーでなぞり、数値や軸のタイトルをプリントしてスプレーのりで貼り付け、再度コピーして写った影を修正液で消し、と気の遠くなる程メンドクサイ作業をしていました。1つの図を作るのに何時間もかかりました。今や素人でもPC上で自由自在です。印刷原稿を作ることは以前の様にプロの仕事ではありません。フォーマットに従ってポンポンと図や文字を入れていけば良い。それだけ作業が楽になったのだから、今は研究に費やせる、勉強出来る時間が増えた?古い時代は無駄な時間ばかりで人は賢くなれなかった?どうもそうではなさそうです。論文に入れるつもりの一つの図を、長い時間眺めている間に色々なことを考えたり、途中で別のことに気付いたりしていたんだと思います。人の成長にかかる時間は今も昔も変わらない。むしろスピードばかりが上がって本来の意義や良さを見失うことが怖いです。そのことを考えさせられる機会でもありました。
さて、今使っているレコードプレーヤーやアンプ、そしてスピーカーも大分古くなってきました。工具を持たせても大丈夫なくらいに子供たちも大きくなりましたので、これからYONKOスピーカーの新プロジェクトを発足させようかな、と思っているところです。スピーカー工作って、ちょっと楽器作りの様でもあります。頭でっかちでは出来ない。実際に作ってみるとなかなか思い通りにならない。手を動かすアナログな経験が大事。この過程で身に付けたことは確かにあるので、これからの技術開発に挑む人たちにも是非経験して欲しいかな。デジタルの洗練だけでは得られない未来の可能性がそこにある様に思いますよ。












