このブログについて

国立大学法人山形大学工学部教授の吉田司のブログです。2050年までのカーボンニュートラル社会実現に向けて、色々な情報や個人的思いを発信します。発言に責任を持つためにも、立場と名前は公開しますが、山形大学の意見を代弁するものではありません。一市民、一日本国民、一地球人として自由な発言をするためにも、所在は完全に学外です。山形大学はこのブログの内容について一切その責任を負いません。

2021年5月12日水曜日

トリチウム汚染水海洋投棄

 福島第一原発の事故によって発生した大量の放射性物質を含む汚染水をどうするかが大変な問題となっていることは皆さんご存知の通りです。政府は海洋投棄する方針を決定しました。一般の人にとって、普段放射性物質についての知識を得たり、それについて考える必要は本来ないのですが、あまりにも情報が適切に開示されていないことに加え、事故を起こした東電側や国にとって都合の良い話だけを押し付ける傾向があり、特に直接的な被害を受けることが確実な漁業関係者とまともな対話をしていないことに大変な憤りを感じます。中でも一番おかしいと思ったのは、「基準以下に薄めてから海洋投棄するから大丈夫」の様な説明があることです。海に投棄した時点で無限希釈に近いぐらい希釈されるわけで、予め希釈することで一体何が変わるというのでしょうか?放射性物質の絶対量は全く変わりません。そんなこと、中学生でも分かる話です。

問題になるのは放射線の絶対量であり、福島で投棄するのは780兆ベクレルで、それを希釈しながら30年かけて投棄するという説明がされています。しかし、壊れた原子炉内を冷却するための注水により、毎日新たな汚染水が400トン程生じています。また、地下水の汚染もこれに加わります。もうすぐ一杯になってしまう汚染水貯蔵タンクを空けるために海洋投棄を始めたいというのが本当の理由であり、30年の予定が、実際にはいつ終わるのかも分かりません。

放射性物質の全容や特にトリチウムに関する実態について、私は専門家ではないので無責任に色々書かない方が良いですが、以下の経済産業省の資料は明らかに海洋投棄を合理化するために作られた資料と読み取れます。

008_02_02.pdf (meti.go.jp)

汚染水は様々な放射性物質を含んでいますが、これを浄化するALPS処理が行われています。しかし、水(HTO)として存在するトリチウムは除去することが出来ません。ALPS処理については、経産省資源エネ庁のウェブに説明があります。

安全・安心を第一に取組む、福島の”汚染水”対策⑦ ALPS処理水に関する専門家からの提言(資源エネ庁)

実際には、ALPS処理によって放射性の重元素の全てが完全に除去されているわけではなくて、かなり残留しているという噂もありますが、正確な数値は公表していないと思います。原発のオペレーションをするだけで、冷却水中に微量含まれる重水からトリチウムは必ず発生することになり、それを海洋投棄するのは普通にやっていることだから、という説明をしていますが、今回問題になっているのはトリチウムだけではないと考えた方が良いでしょう。また、トリチウムによる健康被害は大したことが無いかの様な中部電力の資料があります。

トリチウムについて (chuden.co.jp)

しかし、一方ではトリチウム投棄量と小児がん等の明瞭な因果関係が古くから報告されていることや、HTOでなくて、有機トリチウムになるととても危険であることなど、トリチウムによる健康被害に警鐘を鳴らす上澤千尋さんのレポートもあります。

科学5月独立P_上澤.indd (cnic.jp)

そもそも、原発と共に生きるという選択をした時点で、人為的な放射性物質の発生が不可避であり、ある程度の環境中への放出も避けがたいと考えるべきでしょう。温室効果ガスを出さないのは確かに原子力の大きなメリットですが、一方ではさらに恐ろしい放射性廃棄物を生じることに対して目をつぶることは出来ません。事故前から福島第一原発で発生したトリチウムは海洋投棄されていたそうです。しかし、どの程度までなら許容可能かなどの線引きを延々議論することは無駄だと思いますし、よそもやっているのだから今回のケースだけを問題にするべきではないという言い逃れも不適切だと思います。明らかに、今回のケースは余計な汚染を生じることになるのです。程度の問題ではありません。

科学技術的観点からは、それでも「大丈夫だ」「いや、許容できない」などの議論を続けることは出来ると思いますが、実際の問題はそこではないです。漁業関係者には確実に被害が出ますし、その漁業関係の方と同じ社会を共有する我々も確実に被害を受けます。「原発やる時点で汚染が起こることは了解済み。それでも安い電気が欲しいんだから、汚染された魚でも喜んで食べますよ!」と誰か言っていますか?都合の悪い事実を隠して、都合の良い部分だけの説明で誤魔化していないと言えるでしょうか?

風評被害は確実に出ます。「人々の誤解を解くために丁寧な説明をしていきます」「それでも生じる被害については補償します」などと言っていますが、まず、無用な汚染を受けた魚を食べたくないと思うのは「誤解」ではありません。日本人は、直接の利害関係があるので口をつぐむケースが多いですが、これについては中国や韓国の反応の方が人の反応としては素直です(国家として反発するのはちょっと問題ですけど)。そして、お金で補償してもらうことを漁業関係者は求めているのではない、ということです。自分自身が漁業関係者だったらどう思うでしょうか?働かなくても、魚が売れなくても、お金がもらえるから良い、と思うでしょうか?額に汗して一生懸命良い魚を獲り、「うちの魚は最高だよ!」と誇りを持って仕事を続けたいと思うのではないですか?マイナス分を補填するという考え方ではないです。むしろ、原発事故の酷い経験を乗り越えて、福島、宮城、茨城の漁業を見事に復活させ、より良い漁業をし、社会にそれを届けること、「東北の魚は一番だ!」と言ってもらえる漁業を取り戻すこと、これが関係者の胸の内にあるのは明らかだと思います。なので、金で解決しますから、の様な話を真正面から持ち出すのは、漁業関係者を侮辱しているとさえ思います。

だから、一旦原発でこういう事故が起こると、本当に取り返しのつかない大変なことになるのだということを決して皆忘れてはならないと思います。そのうえで、やはりカーボンニュートラルのためにはその痛みも許容せねばならない、と民意が動くのであればそれも選択肢でしょう。私は、一刻も早く原発を選択肢から外し、これから使える炭素予算を全て原発を前提としないカーボンニュートラルの実現に向けた技術開発に投じるべきだと思います。EUは先行して炭素予算を脱炭素につぎ込んできたから、今こんなにも差が開いてしまったのです。これは明らかに政治の失態だと思います。


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