YUCaN研究センターのアドバイザーを頂いている、JAMSTECの山形俊男先生から、国立環境研究所地球環境戦略研究機関参与の西岡秀三先生の記事をご紹介頂きました。生々しい切迫感の伝わる話だったので、このブログからもリンクさせて頂きます。
脱炭素社会はなぜ必要か、どう創るか(地球環境研究センターニュース)
私の幼稚な理解や、稚拙な文章が恥ずかしくなってしまいます。西岡先生は2013年IPCCの第5次評価報告の取りまとめにも関わられたそうで、科学的見地から地球規模気候変動の実態を知る先生です。以前の「低炭素」と今日語られる「脱炭素」は違うこと、残された時間と気温上昇を2℃以下に抑制する上でまだ許される炭素排出量(炭素予算)は極めて限られていて、問題を先送りする程目標の達成が困難になることが具体的且つ危機感を持って説明されています。「やるやらない」とか「どこまでならば実現可能か」などの議論は不毛であると断罪されていて、脱炭素は絶対に達成しなくてはならないこと、それ無くして人類は存亡出来ないとされています。
「もう予測(forecast)の時代は終わった」と言われているとも思いました。ゼロエミを今世紀後半の早期に実現しないとどうなるかは分かっているのだから、その着地点からbackcastして、行動計画を立てるべきであり、僅か30年程の間にこの人類史上初の大転換を実行し、経験することは孫子に誇れることだ、とさえおっしゃっています。自分の考えがまだまだ甘く、生ぬるいのかと思いました。
今までとは全く違う生活様式や社会の在り方が求められていて、その構成員全員が大きな意識変革を迫られるとも述べられています。脱炭素が必要となる科学的根拠や、必要とされる対応策の理由に辛抱強く耳を傾け、共に考えることが出来る人ばかりならば、全世界が一致協力してこの大事業を成し遂げられるのかも知れません。しかしそれはかなり実現可能性が低いことと思われてなりません。だからこそ、我々大学の教育者には、サイエンスとテクノロジーの世界を一般の人々に分かりやすく伝える伝道師としての役割があり、社会の変化を誘導し、実行に付き添うパートナーとしての役割があるのだと思いました。
最後にもう一つ「魔法の技術イノベーションはあまりあてにしない」というのもグサッときました。私が学生だった30年前には夢物語に過ぎなかった人工光合成は、今日では具体的な技術として語ることが出来るレベルにまで進歩しましたが、かと言って2030年の46%削減に少しでも貢献出来る様に社会実装を進める段階かと言えば、まだ全然それは見えていません。残された時間が僅かな状況において、大学の研究者が誇らしげに語る「未来の技術」にどれ程の意味があるのか、発言に責任を感じてしまいます。少なくとも、退職まであと10年少々となった私にとっては、獲得した研究費や論文の数やインパクトファクターを自慢することは全く無意味となりました。この残された時間のうちに出来る最良の事を考え、そのために精一杯努力したいと思います。
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