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国立大学法人山形大学工学部教授の吉田司のブログです。2050年までのカーボンニュートラル社会実現に向けて、色々な情報や個人的思いを発信します。発言に責任を持つためにも、立場と名前は公開しますが、山形大学の意見を代弁するものではありません。一市民、一日本国民、一地球人として自由な発言をするためにも、所在は完全に学外です。山形大学はこのブログの内容について一切その責任を負いません。

2021年6月10日木曜日

EVシフトを考える⑬

 前々回の⑪のハナシは、閲覧数が多いんですよ。面白かったですかね?というか、かなり刺激的というか、辛辣な言い方もしましたので、読んでて腹が立った人もあるかも知れません。いつか言いたいと思っていたことを一気に書いたので、長くなりましたけど。正しくないこともあるかと思いますし、友達無くす様な書き方だったかも知れません。立場が変わると見え方が変わってくるのは事実で、誰かにとっての正義がみんなの正義とは限らないということです。

さて、今回はちょっとテクニカルなことに言及しつつ、何故今日EVこそが自動車の未来と思われる様になったのか(それは全面的に正しいわけでは無い、というのはこれまでの主張通りですが)について書きたいと思います。自動車技術のことについて興味の無い人にはつまらないかも知れません。私は自動車の専門家ではありませんが、大好きなので、そこそこ知っています。クリーンビークルにかかる色々な技術をレビューし、どういう過程を経て今EVが注目されるのか、です。そういうことを書こうとおもったのは、2015年に発覚したフォルクスワーゲンによるディーゼル車排気ガスの検査不正について、新たな報道があったからです。この事件、覚えていますか?自動車史上最悪の不正事件と言っても良いぐらいと思います。

フォルクスワーゲン元CEO 偽証罪でも起訴 “排ガス不正”問題 | NHKニュース

まず最初に、自動車の低炭素化と脱炭素化は違うことを確認しなくてはなりません。色々な動力発生装置があるわけですけど、例えばEVやFCVにしたら脱炭素になるかと言えばそうではありませんし、逆に内燃エンジンで脱炭素が不可能なわけではありません。電気や水素を化石燃料から得たらGHGは出ますが、太陽光等で得たグリーン水素を水素エンジンで燃やすとか、そこからe-Fuelを合成したら普通のエンジンでも脱炭素になります。いや、実際にはゼロっていうのはかなり難しくて、大量の鉄や樹脂、EVなら化学品も沢山使う自動車の製造には大量のエネルギーを要します。その生産や廃棄リサイクルにかかるエネルギーもグリーン化して、それでもゼロにならない分は別のGHG削減策でオフセットして、やっと「ゼロ」と言えるわけですから、本当の脱炭素というのは並大抵のことではないです。現実的には将来一次エネルギーを太陽光や風力などの再エネに完全に置き換えて脱炭素達成を展望しつつ、今は可能な限りの低炭素化を進めて行く、ということになります。そしてその方法論は色々あるわけで、今EVにしたら即脱炭素、にはならないです。

ガソリンを内燃エンジンで燃やす自動車の効率を上げて、低炭素化を進める代表がHVです。ブレーキをかけた時や坂道を下る時に運動エネルギーから発電し、普通のより少し大きめのバッテリーに蓄電(エネルギー回生)して、走る時に電気モーターでアシストする(燃料消費を減らす)仕組みですね。それが無いと、ブレーキで運動エネルギーは熱に変わってしまいます。その仕組みを搭載した車両を最初に市販したのがトヨタで、「21世紀に間に合いました!」と鉄腕アトムが広告した1997年市販の初代プリウスです。エネルギー回生とかモーターアシストというのはかなり難しいエンジン、ブレーキ、電気の連携をしていて、初代プリウスは高価でしたけど、まあヒドイ乗り物でした。ブレーキがスイッチの様で、全然調節が効かなかったのに衝撃を受けました。しかしまあ、今日では言われないと気づかない程制御が上手になり、特別な意識もなくHVを選べる様になりましたよね。車種もプリウス以外、そして他メーカーからも沢山選べる様になりました。お陰で自動車の平均燃費は大幅に向上して、ガソリン販売量がはっきり低下する程日本では自動車の低炭素化は進んでいるのです。

一方HVで出遅れたEU、特にその中心であるドイツの自動車業界、すなわちVWは、ディーゼルエンジンで勝負に出ます。何故ディーゼルだと低炭素になるのか?ガソリンより燃えやすい軽油を使うディーゼルエンジンには、着火するためのスパークプラグがありません。ディーゼルエンジンは圧縮比が高く、混合気を高圧にすると温度が上がり、自発的に爆発するのです。スパークプラグを使うガソリンエンジンでは、ピストンが上に上がり、一番圧縮された上死点と言われるところに近づいた時に火花で着火しますが、その一点から火炎が広がるため、燃焼が不完全になりやすいのです。だから効率が悪いですが、ディーゼルは一様に燃えるので効率が良い、というわけです。ちなみに、ガソリンの自着火を(ほぼ)実現したSkyactive-Xというエンジンを市販しているのが、燃焼オタク集団のマツダです(みんな知らないよねー、売れてません)。じゃあみんなディーゼルにした方が良さそうですけど、そうもいきません。まず、エンジン自体が高額になってしまいます。燃焼温度が低いと、燃え残りのスス、いわゆるパーティキュレートという有害物質が出ます。最近はほぼ消滅しましたけど、昔のディーゼルは真っ黒な排気ガスを出して臭かった。では燃え尽きる様に燃焼温度を上げると、空気中の窒素まで酸化されて、光化学スモッグの原因になるNOxが出ます。排ガスが汚いのがディーゼルの泣き所。VW含め、最近のマツダのクリーンディーゼルなどは、どうしているかと言えば、気筒内噴射(直噴と言われる技術)やターボ過給などで燃焼制御を徹底的にしたうえで、それでも出てくるパーティキュレートはフィルターでこし分け、NOxは尿素水でトラップする、などして綺麗にしています。ただ、これはコストがかかる上に、徹底すれば効率の低下も招きます。日本ではかつて光化学スモッグの大きな公害問題が発生したこともあり、ディーゼルに対しては冷ややかでした。トラックやバスなどはディーゼルでしたが、一般車両ではほとんど使われず、石原東京都知事の時には東京からディーゼルを締め出すと言い始めたほどでした。一方自動車の密度が日本ほど高くないこともあって、EUではディーゼルは好調でした。特に低回転から力持ちのディーゼルは乗っても楽しく、EUのマーケットでは成功をおさめます。ちなみに、EUではガソリンと軽油の値段はほとんど同じです。日本だと1 Lあたり10円以上安いですが、それは製造コストではなくて、商用車に多いディーゼルを優遇するための税率の違いです。

はい、既に長くなってますが、そのディーゼルを低炭素の世界戦略への切り札として、VWはトヨタの販売台数を抜こうと(一時抜いたはず)どんどんディーゼルをプロモーションしていきます。同時に、今も続く小排気量ガソリンエンジンにターボ過給するダウンサイジングターボも低炭素技術として発展しますが、そっちは安いクルマ向け、より高級なのはディーゼル、でした。そこにきて、実は排ガス検査を不正にパスしていたことが発覚したのです。凄く手の込んだことをやっていて、コンピューターに予め検査場でのテストモードを感知する機能を仕込み、「今テストされてる!」と判断すると、パワーをぐんと落として排ガスを綺麗にする運転モードにプログラムを切り替える仕組みだったのです。排ガステストの時は走りませんから、パワーが規定通り出ていないことなんて関係ありません。これは、明らかに騙すことを目的にした、組織ぐるみの犯行ですから、CEO辞任で済むはずもなく、4兆円を超す賠償問題になったわけです。この事件後、検査方式自体も見直されて、実際に走っている状態で、燃費、パワー、排ガスなど測る方式も開発されているみたいです。まったく、お客さんを騙すなんてひどい話でしょ!

まあ、そんな悪事を働く企業はこの世から消滅してもらった方が良いですけど(ちなみに当時、私はVWのシャランというミニバンに乗っていました!ディーゼルじゃないけど)、そこはドイツにとってとても大切なVWですから、東京電力がつぶれないのと同じ様に政府からしっかり守ってもらい、今も存在しているわけです。生き残っているっていう元気の無い状態じゃなくて、新しい手で再びトヨタ殺しを企んでいるのが今日のVWです。

さて、ここでハナシは同じEUでもお隣フランスのルノーについて。ルノーは今でこそ民営ですが、長らく国営企業だったメーカーで、日本の自動車黎明期にはトラックで有名な日野自動車が「日野ルノー」というクルマをノックダウン生産していた時期もあり、自動車の作り方を日本に教えてくれた先生です。ゴーンさんのこととか、日産を買収したとかで、最近だと日本でちょっとイメージ悪いですか?で、ルノーがとった戦略がEVで、かなり早期から取組み始めました。ルノーに救ってもらった日産からリーフが登場するわけですが、ルノー自身もZOEというコンパクトEVを2012年から販売しています。当時から「ハハーン」と思っていましたが、EV戦略はHVで日本に敵わないからではなくて(それも少しある?)、原発です。EUで電力不安が無く、電気を輸出できるほど作っているのがフランスです。カナダのフランス語圏であるケベック州では水力で大量に電力が得られるので、Alcanというアルミの会社もありますが、電気化学の世界でもフランスには溶融塩電解の研究者がまだ居たりして、電気のフランス、なわけです。要するに、ヨーロッパの自動車がどんどんEVになると嬉しいのはフランス、ということですね。原発をやめ、石炭も減らさざるを得ないドイツだと取れない戦略です。同じフランスのPSAグループ(プジョー、シトロエン)もEVにかなり熱心で、先日私は最新モデルのプジョーe208というコンパクトEVを運転しましたが、とても良い乗り物ではありました。

さてさて、とは言ってもEUの地域は広大で、各国のエネルギー事情も違いますから、どんどんEVに、とはなかなか行きません。充電ステーションも都市部の整備がやっとでしょう。1日に1000キロ走ることだってあるかの地の自動車の使い方では、巨大バッテリーと言ってもそう簡単ではない。アメリカではEVのピックアップトラックも売り出されるみたいですが、使用環境に合う人以外、手を出しにくいでしょう。いくら充電ステーション増やしても、アメリカ広大です。それでも、パリ議定書以来、オールEUでのEV化を推し進めようというのが今の状態だと思います。ガソリンをやめるとは言っていませんし、ディーゼルも復権しつつあるし、HVやPHEVも日本より下手だけどやっています。そして、ドイツ(特にアウディ)は一足飛びにe-Fuelを進めようとしています。それはフランスに頼りたくないからでしょうけど、ソーラーや風力を大量に導入したドイツでは、電気が余ってしまうことが多くなっています。余った時には隣国に使ってもらい、足らない時はフランスの原子力の電気やポーランドの石炭火力の電気を買っているのです。表向き、環境先進国ですが、それは地続きのEU域内で調節出来て、マズい部分を肩代わりしてもらっているからです。ズルいぞドイツ!

それで、実際には販売の中心では全くないのですけど、EV版ゴルフといった感じのid3なるクルマをデビューさせ、「EVこそゲームチェンジャーだ!」みたいなことを声高に言っているわけです。恐らく来年ぐらいには日本にも上陸するでしょうね。どこまで本気かは疑わしいですが、株価をつり上げることには成功しているみたいです。さあ、そうしてEUはEVシフトをどんどん進めるのか?と思ったら、EU内にまともな電池メーカーが無いことに気付くわけです。それでVWが設立したのがNorth Volt社、というわけです。北欧が選ばれるのは水力によるグリーン電力が豊富なためであることは先日お伝えした通り。そして、ノルウェーでのテスラ対中国EVメーカーのバトルも、さらにボルボは中国の吉利(ジーリー)に買収されてEV化を熱心に進めていて、EV化の震源はスカンジナビアになりそうですね。

脱炭素をめぐる世界的取り決めで、EUの思惑通りにCFPを基準にして炭素税をかけることが可能になれば、EU製品を保護し、中国や日本の製品をシャットアウトすることが可能になります。それが目論見でしょう。パリ協定以来EUでは電源のクリーン化を大きく進めて、その準備が整いつつあります。対して目先の金を優先した中国やキョロキョロしてるだけでEUのしたたかな戦略を読み切れず、さっさと原発たたんで再エネの大幅拡大に取組まなかった日本は、今かなり不利な状況に置かれています。だから、EUのさらに先を行く改革に一刻も早く着手しなくてはならないんです。原発使うなら時限を決めて、それをたたむまでに再エネ80%以上を、それこそ2035年くらいまでには達成する勢いが必要です。日本製太陽電池の生産ラインも復活させたら?中国製品に関税かけて(不正だー!)。それから日本ではデカいEVには補助金出さない。マイクロEVカテゴリーを新設、優遇して輸出産業に育てましょう。これには他国は文句は言えません。長距離に実用的で低炭素に最強なのは、世界一の日本のHVです。しばらくはそれ(レンタル+シェア)を使い、その後グリーン水素によるFCVへの置換を進めます。都市部や日常使用なら航続距離150キロのEVで十分。長距離の移動が必要な時や、トラックにはFCVが最適。私が環境相ならそうするんだけどなー。どうでしょう、進次郎さん!

本当は、全固体Liイオン電池の問題(製造技術上大型化、量産が困難)も書きたかったけど、このへんでやめときます。


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125

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