自民党総裁選が始まりました。恐らくは次の首相になる方を選ぶ選挙です。脱炭素と関係ない?いや、大ありだと思います。4人の候補が示すエネルギー政策には大きな違いがあります。まあ、その根拠や効果などの分析は決まってからでも良いと思います。是非皆さんには、それぞれの候補の主張に耳を傾け、この国(日本という地域)の将来がどうあって欲しいのかを良く考えて頂きたいと思います(自民党員じゃなければ投票出来ませんけどね)。大学教員は特定の政治的信条を押し付けたりしてはいけないので、あくまで個々人が考えるべきことであるとは上記のとおりです。ただ、考えることは大切です。
さて、しかし私としては、少なくとも注意喚起しなくてはならない発言が既に出ていると感じており、それを共有したく思います。ある候補が自身が目指す日本の将来について、「美しい国」という言葉を使っています。これはファシスト発言です。とある過去の首相もこの言葉が好きでした。「美しい・・・」だけではなくて、「美しく、強く、発展する日本」なのですけど、強いとか発展については、客観的尺度、定量的尺度があるかも知れませんが、「美しい」とは?何を美しいと思うかは、全く主観的問題です。一体誰が何をもってして日本が「美しい国である」と決めるのでしょう。その候補者がそう言いたいのでしょうけど、それこそ、個々人が判断して良いことであって、目標たり得ないです。その候補者の言う「美しさ」に国民が従わされるわけですね?だからファシズムなのです。いや、元々のファシストは、ムッソリーニが組織した「黒シャツ隊」の「団結」を意味する言葉ですが、「これが美しいんだよ」という思想に従わされる(無理矢理でも団結させられる)のは民主主義を踏みにじってますわな。それこそ、神風特攻隊は「美しかった」のですか?
明らかに大変な危険思想の持主であることが、「美しい国、日本」という言葉から分かります。あなたが美しいと思えばそれでよし。美しいと感じなくても何も問題ない。何を持って美しいと感じるかは、全くもって個人の自由ですね。全体思想的なファシストは、「実は待ってたんだよ、その言葉!」と思っていた人の心を打ちます(右傾向の強い人)。社会が危機的状況にある時ほど、矛先を外部に向けるこうした思想が支持されやすいのです(それが今)。
でも、待ってくださいね。そんな時代はとっくに終わったのではないですか?我々は過去の恐ろしい過ちから学び、それを二度と繰り返さないと心に誓ったのではないですか?総裁選も、具体的な政策の表明とその是非によって判断されるべきです。「美しい」なんて言葉で騙してはいけない。
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