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国立大学法人山形大学工学部教授の吉田司のブログです。2050年までのカーボンニュートラル社会実現に向けて、色々な情報や個人的思いを発信します。発言に責任を持つためにも、立場と名前は公開しますが、山形大学の意見を代弁するものではありません。一市民、一日本国民、一地球人として自由な発言をするためにも、所在は完全に学外です。山形大学はこのブログの内容について一切その責任を負いません。

2023年1月12日木曜日

セルビア

 世界は広く、複雑です。いつもアンテナを立てて情報を吸収しているつもりなんですが、全く知りませんでした、セルビアのリチウムのこと。昨晩夜遅くに、NHKの「BS世界のドキュメンタリー」という番組で、オランダのTV局が制作した番組が放送されていて、セルビアのリチウム争奪戦が取り上げられていました。

「リチウムを獲得せよ! 欧州エネルギー安全保障と新秩序」 - BS世界のドキュメンタリー - NHK

リチウムの生産については、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構JOGMECの下記ページに詳しく説明されていました。

リチウム生産技術概略|JOGMEC金属資源情報

リチウムは南米に多く、特にチリが地球全体の60%を占めるということですが、採掘が進んでいるのはオーストラリアで、生産量は世界一のようです。しかし、掘り出してそのまま使えるわけではもちろんありません。南米では主に塩湖のかん水に含まれたリチウム、オーストラリアはリチウムを含む鉱石が原料のようです。いずれの場合も、当然ながらナトリウム、カリウム、マグネシウムなどの不純物を沢山含みます。原料の状態に応じて色々な方法が用いられていますが、溶解度差を利用してリチウム分を増すことや、イオン交換膜と電解による濃縮も行われているようです。天日干しというのは平和な感じがしますが、鉱石だと1000℃以上で焼いて硫酸に溶かす、とかするみたい。塩化物、水酸化物、硫酸塩などを経て炭酸リチウムになり、そこからさらに製品(電池用の電解質)に加工されるようです。ちなみに、炭酸リチウムは既に100ドル/kg以上、10年後にはその10倍ぐらいの価格になると言われています。いずれにしても、生産に相当エネルギーや薬品を使い、廃液を生成するのは明らかですね。このダーティーワークを請け負っているのは中国で、オーストラリアで産出された鉱物は中国で炭酸リチウムになり、出荷されるようです。そればかりでなく、中国は世界中からリチウムをかき集めています。なにせリチウムイオン電池の80%は中国製ですから。

さて、冒頭のセルビアの話に戻ります。先のウェブには触れられていませんが、なんと、世界の埋蔵量の10%がセルビアにあることが分かったようです。そして、その採掘権を巡って激しい争いになっているのです。リチウムイオン電池は蓄電装置であって、発電施設ではありませんが、太陽光や風力によるクリーン電力拡大のためにも、そしてモビリティーの電動化のためにも、リチウムは欠かせないわけです。携帯電話とかのモバイル機器はもちろんです。グローバルなカーボンニュートラルへの流れに対して、特にそれに前のめりなEUにとって、ヨーロッパにリチウムがある!というのは朗報なわけです。これもまた、中国の賢さ、したたかさを認めないわけにはいかないのですが、今リチウムの生産はほぼ完全に中国に支配されていて、EUはリチウムを内製したいのです。それがはっきりしたのは、やはりこの戦争の問題でもあります。ロシアのガスに依存してきた(特にドイツ)ことのリスクの大きさをEUは痛感しました。そして、中国も同様に「信用できない国」と見なされているわけで、EUの未来(他の地域もそうですけど)を担う資源をそうした信用ならない国に依存するわけにはいかないと。

そこまでは、見つかって良かったね、の様にも聞こえるのですけど、そっから先がえげつないです。セルビアって、どんな国かよく分からないですよね?

セルビア - Wikipedia

はい、以前はユーゴスラビアでした。内戦を経てバラバラになったうちの一つがセルビアです。テニスのジョコビッチの国ですよね。そもそもユーゴスラビアが多民族国家だったので、元に戻っただけとも言えるのでしょうか。ヨーロッパのこの地域、スラブ民族の歴史って本当に複雑。重要なのは、セルビアはEU加盟国ではないということです。人口約700万人でGDP87位、決して裕福な国ではありません。そうすると、このリチウムの発見は、セルビアの人にとっても朗報か?EUはオープンアームで「ようこそEUへ!」ってな感じでセルビアのリチウムに群がっているのです。そこにはちゃっかり、中国の姿も!セルビアのリーダーにとっては、良い話ですよね。特に何の強い産業も無いわけですから、リチウム資源の開発でグリーンディールに組み入れられ、経済エリートへの道が開かれるならば、それは同国民にとっても良いことではないかと。しかし、そう簡単にはいきません。番組でインタビューに答えていた、反対派住民代表の農家のオジサンがカッコ良かった。「オランダで、1000人が住む村の下でリチウムが見つかったとして、その採掘のために村を消滅させることが認められますか?」と。もっともです。我が家の下に白金が見つかっても、家を壊されたくありません。

しかし、これは持続可能な人類の未来のため!と正義を振りかざすわけですね。それ本気で言っているのでしょうか?番組ではユーゴスラビア時代の炭鉱跡も紹介されていました。見渡す限りの荒れ地です。公共の利益のために、村が破壊されて穴ぼこだらけにされた土地です。人が住んでいない森を切り開いて農場にしたり、太陽光発電所を建設することや、海に巨大な風車を建てることも疑問ナシとはしませんが、さすがに自分の生まれ故郷が破壊される様は見られませんよねえ。しかし、事実としては着々と進められようとしているみたいです。色々な資本が入り、村の土地が買収されているということでした。反対派の意見に賛同の声が集まり、セルビア政府は採掘を禁止するように方針転換したようですが、まだこの先目が離せません。

セルビア:Jadarリチウム鉱床からのリチウム輸出の禁止を計画|JOGMEC金属資源情報

食糧、エネルギー、鉱物資源の争奪戦は今後一層激しさを増すことでしょう。いずれの場合も、出来るだけ多くの人にちゃんと行き渡るように、とか、持続できる様に、と言う考え方が無くて、売れるからどんどん作る、みたいな考え方が支配的であるのが問題です。例えば、ドイツの高級車メーカーが作る化け物みたいなEVは、明らかに不必要な程デカい電池を積んています。それを欲しがる人、買える人がいるのですから、「もっとリチウムを!」となりますよね。ちなみに、リチウムイオン電池のリサイクルはまだ殆ど進んでいません。

まあ、リチウムは決してレア元素ではないので、今回のセルビアの様に世界のどこかで新たに見つかるリチウムもあることでしょう。石油がいつまで経っても無くならなかったように。しかし、今の様な状況を放置しておけば、早晩地球が穴ぼこだらけになることは間違いないです。そうなった時に、それでもやってきたことは正しかったと思えるかどうかですね。このリチウム騒動のことを知り、一層持続性の難しさを感じました。

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