東大の渡辺努先生が指摘する、日本固有の病、慢性デフレと急性インフレの同時進行について色々考えさせられました。
今朝のおはよう日本でもこの話題が取り上げられ、渡辺先生が解説していましたね。まず、現在直面する急激なインフレの直接要因は、実はウクライナの戦争ではなくて、パンデミックによる物流停滞である、と。確かにデータ的にはそうです。ただ、このウクライナ戦争が世界の分断と不協力を決定的なものにしていて、健全なグローバル経済への回帰をほぼ不可能にしてしまったことが問題で、必ずしもインフレという形でなかったとしても世界経済の悪化が一層進む要因となってしまったのは確かです。そして気候変動による自然ブレーキ、これも忘れてはなりません。
起こってしまったことを今さらとやかく言っても仕方ないのですけど、やはり日本の場合、バブル崩壊後30年以上に渡る低成長の悪影響が出ていますね。しかし、それを放置したのは、再び成長出来ると信じて、過去の成功にしがみつき、有りもしない成長を訴え続けて何も有効な対策、抜本的な社会構造の変化に取組んで来なかった政治の失敗、社会全体の失敗でもあると思います。今日に至ってはっきりとしていますが、もはや「成長、成長、成長!」と叫ぶことは本当に馬鹿げています。そんな余地はありませんし、実は必要さえないのです。むしろ萎縮していく経済の中で、どうやってQoLを保ち、安全安心で幸福な社会を作っていくのかが重要です。
戦後の経済成長の原動力は、必要なモノを不安無く獲得することにありました。今では死語の様にも聞こえる「衣・食・住」です(自動車さえ入っていませんね)。もちろんここで言う衣は最新トレンドのファッションではなくて、身を守るための衣ですし、住は豪華絢爛な住宅ではなくて、雨露をしのいで寝ることが出来る場所です。本当の意味での必要品です。そうしたモノの充足を真っ先に成し遂げたのがいわゆる先進国でした。グローバル経済の時代には、これが新興国、途上国にも降りていって、一旦はモノの充足は果たされたかのようでした。そして、人間の飽くなき欲望は、次の成長を目指し、本来不必要なモノを必要と思わせることに集中していきました(QoLの誤った解釈)。それを誘導したのも先進国です(そこに住む人が先進的なわけではありません、むしろ古い概念を捨てきれない遅れた人たちです)。モノからコトへ、コトからトキへ、と何だかよく分からない豊かさを追い求める時代が始まりました。挙句の果ては、火星移住とかどうしようもなく馬鹿げた話がまことしやかに語られます。地獄の地球から抜け出して天国の火星に移住?ニューフロンティアとして熱い視線が注がれる火星が天国だかどうだかは知りません。仮に天国だとしても、はっきりしているのはそこに行ける人は他の多くの人の不幸を踏み台にしたごく一部の成功者(?)だけです。イーロン・マスクのたわ言にあこがれる方、あなた達の大半は地獄の地球に残る方なので、そのことは理解しているべきです(かく言う私も絶対地獄に残る方です)。もはやフロンティアは存在しないのです。しかし遅れてやってきた中国は、14億人の欲望を満たすために、一帯一路侵略構想を掲げ、実行しています。貧しい国を豊富なマネーで毒し、あわよくば経済成長してもらって中国経済圏の一部とする、成長しなくても中国に従属せざるを得ない状況に陥れる。最貧国を無理矢理フロンティアにしようとする中国新帝国主義です。今やアメリカ式帝国主義もその終焉を迎えつつあるのです。過去に永遠の繁栄を遂げた帝国は一つもありません。凋落の後には非常な苦しみが待っています。中国が責任ある大国を自称するなら、貧乏な国をその魔手にかけるべきではありません。それは続かないし、必ず悲惨な最後を迎えます。そんなだから、世界から信頼が得られないのです。
技術によるニューフロンティアは現実か?スマートホンや、その他のICTが一種の夢を見させてくれた時期もあったと思います。低成長の日本では、そうしたサービスもどんどんチープな売り物へと転落していきました。それも無理はありません。スマホの画面で美味しそうな食べ物の写真をどれだけ見ても、お腹は満たされないのです。そして今日、リアルバリューとしての食品の価格が急速に上昇し始めました。過去30年、供給は満ち足りていたので、賃金が上がらない中で物価上昇も抑え込まれたのです。それでも、一時期の牛丼安売り競争に記憶される様に、食事の質を落としてでも経済的ゆとりを追い求める、生活のステルス値上げに奔走した時期もありました。もう20年近く前ですかね。あの頃、極端な牛丼安売り(一杯250円とかだった)を私はヤバイと思っていました。そのことを当時ウェブにも書いていたのですけど、もう残っていないですね。よく世界経済(地域経済においても、ですけど)はケーキの取り分と対比されます。誰が一番大きなピースを得るか。しかし、これさえ問題とならなかったのは、従来は「ならば新しいケーキを焼けば良い」という仕組みが機能したからです。途上国には途上国用のケーキを大量に焼きました。ところが、もうその資源は残っていないのです。いよいよ、ケーキの取り分を決めなくてはならない時代に突入しました。世界にまだ未開の地、フロンティアが多く残されていた、人類の冒険の時代は終わったのです。これからはケーキがみんな(今は80億、いずれ100億)に行きわたるようにして、それを持続する仕組みを作らなくてはなりません(そうしないと、不幸を生む)。そして、「モノへの回帰」が迫られることになります。ここで言う一番大切なモノは食糧であり、エネルギーです。そこに健康長寿も加えたいところなのですが、それさえ贅沢な様に思われます。人はある程度時間が経ったら死ぬべきなのです。自然の摂理に反してまで長生きしようとするのは、究極的な強欲さの様にさえ思えます。自分が死ぬことも嫌だし、愛する人を失う苦しみは誰にも味わってほしくない、と思いつつも、それを受入れることも人が生き物として持続し、この世界が持続的であるために必要なことだと思えます。
最初の、慢性デフレと急性インフレの話に戻ります。日本がとてもマズいのは、日本人が成長しない経済に慣らされ過ぎてしまっていることです。先のリンク上にあるグラフを見ると分かりますが、電気とかガソリンとか、エネルギー価格は容赦なく上がっているのに、大半の物品やサービスの価格は日本では据え置きなのです(欧米は違って、全部上がっている)。前者が急性インフレであり、実はこれが実体経済を表わしています。エネルギーには途中に付加価値の追加がほとんどありませんから、実際の価格が即座に小売価格に反映されます。ところが、賃金が上がらないのに価格を上げるわけにはいかない、上げればお客さんが離れて行ってしまう、という従来からのメンタリティーが健全なインフレを阻止する社会的な雰囲気を生んでいます。エネルギー価格の高騰は、食糧はもちろん、全ての製造業、さらにはサービス業に対してもコストの増大を招くハズです。しかし、今は我慢すべき、とコスト上昇分を必死でカバーし続けようとしているのです(涙!)。このコスト上昇が一過性であるならば、嵐がやむのを待つことで再び青空を拝めるのかも知れません。しかし、それは相当ありそうにないこと、です。パンデミックと戦争、気候変動のトリプルパンチで、今後コストが低下する見込みなどありません。むしろ上昇し続けます。とすれば、本来はしかるべきタイミングで価格を上げなければならないのですが、日本では空気の支配がそれを妨害しています。これが慢性デフレを生んでおり、今ここで金利を上げたりすれば、一層守りに走り、限界を越えた我慢をしてしまうことでいずれ死に至ります。
このまま行くと、何が起こるか。まず中小企業がコスト増大を価格転嫁しきれず、廃業に追い込まれることになります。エネルギーや肥料の価格高騰に苦しむ農家も同様です。食べ物を作ることをやめちゃうかも知れない。そうすると、食糧も物品もサービスも、サプライチェーンが一気に崩壊することになります。内容は向上していないのに段々と価格が上がるインフレと賃金が上がらないために生活の質が徐々に低下するならまだマシな方です。賃金上昇よりもインフレが先、でも人は何とか生きていくでしょう(特にお金のある国では)。しかし、恐ろしいのは、今社会を蝕む病の進行に対してその処置が遅れて、ある時急死してしまうことです。日本の場合、社会の雰囲気が価格上昇を抑え込んでいて、みんな我慢してしまいます。それが病の進行への気づきを遅らせてしまうのです。ある時、サプライチェーンが一気に破綻して、お店の棚から食糧や色々な商品が消える、あったとしても以前の10倍以上の価格で誰も買えない。苦しいけど何とかなっていた状態から、急死状態に転落する、そんな大パニックの状態に陥りそうで心配です。先述の渡辺先生は、今こそ賃上げと経済成長の好循環への回帰を生むチャンスであって、今年の春闘での賃上げが正念場、とおっしゃってますが、それはやはり経済成長は(今はしていないだけで)する、出来ること、という考えが背後にある様に思います。世界の分断対立、資源枯渇、気候変動の中で、もはや成長などあり得ないでしょう。賃上げに対して、まずは大企業が模範を示し、の様な考えも間違っています(経団連!しっかりせい!)。まずは中小企業の賃金を強制的に上げる、その負担分は政府が支出し、必要な財源は大企業の法人税増税(中小企業が吸い取られた分を取り返す)で賄う、というぐらいの社会主義的分配の仕組みが無ければ、必ず弱い立場の者が先に死へと追いやられます。中小は契約が切られない様に必死に我慢していますが、それにあぐらをかいているのは大企業側です。中小の仕事が無ければ大企業の仕事も成立しませんよね?出来るというなら全部自前でやったらよろしい。それだと採算が合わないので、中小から搾取することで利益を得てきたんでしょ?もうそれは続けられない、正当な対価を与えないとならない、ということです。
だから、インフレに対応して賃上げしても、成長すれば良し、というのも古い考えだと思います。欧米も早晩壁にぶち当たって今よりもっとひどい目に遭います。長年の低成長時代を経験してきた日本は、むしろ将来に渡っても成長しない世界の中でどの様に持続可能な幸せを守るのか、という戦略のシフトが必要と思います。西洋人は金への執着から抜け出せず、滅亡への道を歩み続けます。日本はアメリカと運命を共同すべきではありません。一旦覚えてしまったお金の味を忘れることは難しいでしょう。しかし、日本人の豊かさを生んでいたのは物質的欲求が満たされることだけではなかったハズです。ベンチに置き忘れた財布が警察に届けられる素晴らしい国でした(過去の話ですかね?)。隣人を大切にする思いやりに溢れた社会を取戻すために、今ある資源と長年培ってきたテクノロジーを有効に利用して、今まで地球上に存在しなかった持続可能な社会システム、増えも減りもしないけど心身共に豊かだと感じられる新しい日本を目指して欲しいと思います。その実験を試みるのも政府の務めだと思いますね。
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