このブログについて

国立大学法人山形大学工学部教授の吉田司のブログです。2050年までのカーボンニュートラル社会実現に向けて、色々な情報や個人的思いを発信します。発言に責任を持つためにも、立場と名前は公開しますが、山形大学の意見を代弁するものではありません。一市民、一日本国民、一地球人として自由な発言をするためにも、所在は完全に学外です。山形大学はこのブログの内容について一切その責任を負いません。

2026年8月26日水曜日

中国再考

 先日の「人新生の黙示録」と中国訪問で感じたことを経て、さらに考え続けております。少なからず影響したのが、麻生晴一郎氏のコラム。

麻生晴一郎さんのページ - エキスパート - Yahoo!ニュース

「ノンフィクション作家」という肩書きですが、経歴を見るとかなり中国に奥深く関わってきた方。上記リンクから色々な記事、レポートみたいなのが読めますので、興味のある方は是非。私は中国に家族がいるという個人的事情と研究仲間との交流(最近はずっと停滞!)がありますが、そう頻繁に行くわけでもないし、行くところは大体同じ。何しろバカでかい国ですから、中国のあらゆる場所に行くことなど不可能ですが、麻生さんは相当な田舎にも入り込んでいるようです。民主化運動の活動家とつながっているということで入国拒否されたこともあるようです。だから私なんぞよりもよほど中国のリアル、政治のこととかではなくて、ありのままの中国人を良く知ってらっしゃる。それでも、私の限られた経験と照らし合わせても思わず膝を打つ「中国あるある」が断片的に見えて、面白かったです(青島にまた行きたい!)。

何年も前に義兄のところに行ったのがクリスマスの時だったんですが、クリスマスを祝っちゃいけない雰囲気があって「え?」と思ったことがあります。まあ、中国にいて反日感情の様なものを感じる時が無いわけでもありません。が、麻生さん言うとおりで、とても居心地が悪いかと言えば全然そんなこともありません。日本人だというのがバレてない?韓国人だと思われてる?そういう時もあるかも知れませんけど、恐らく日本人と知っても気にしない。日本のプレゼンスが低下している、というのもあるかも知れません。最後の話にある「中国は思ったほど変わっていなかった」はそうなのかなあ、と。昔がどうだったかを知らない者としては何とも言えませんが、14億の衣食住を満たす中国の逞しさを再確認した今回、世界の混乱を横目に我が道を行く中国人の変わらなさみたいなものが分かった気がします。むしろ「変わったのは日本人のほう?」が説得力を持つ。反米も感じませんよ。McDonaldはあるし、KFCもあるし、アメリカ的なモノが排除されているわけじゃないです。ただ、クルマにしても、ファッションにしても、中国ブランドが良いモノになりつつあり、中国なりに成長、成熟し、自信を付けつつある印象です。北京の様な大都市は、ぐちゃぐちゃな昔の街と物凄く整備された表通りとが混在していて、変化と発展のパワーを感じます。その表のところに我々の意識が向かいがちなのですが、実はそのぐちゃぐちゃの裏通りが今でも元気な人民の生活の場になっていて、過疎化し衰退する日本の田舎とは対照的な感じがします。今日的な豊かさが中国の発展を印象付けるけど、中国人は変わっていない、ということですかね?

麻生さんは、人権活動家などとも繋がりがあるようで、やはり中国の民主化を願う一人なのでしょうか。私も、個人的選択としては明らかに民主主義の信奉者です。しかし前回の考察のとおり、持続的な発展を実現するためには中国のやり方しか無いのではないかという思いが募っています。もちろん、それは「全ては人民のため」という同胞愛が基盤であって、それが「中国人の変わらなさ」の裏付けであるということを信じるならば、です。少なくとも、個人の所有を認め、法の下での全ての自由を認める、資本主義原理に基づく自由競争社会では、気候崩壊や資源枯渇の限界にぶち当たった時に自らを改革し、民主的な社会主義体制への変革を自発することは出来ない。奪い合い、競争がより激化し、生き残る者と死ぬべき者が選別されるファシズムに陥るだけでしょう。残念ながら、斎藤幸平さんの様に皆が思考し、限界を認め、生き残りのために協働出来る程賢くはない。

私は、比較的恵まれた環境にあり、一定の社会的成功を収めた中国人しか知りません。なのでそれを中国人のリアルと思うのは恐らく間違いなのでしょう。でも、例えば愛想の良いホテルの従業員などを見ても、恐怖に怯える虐げられた人々には全く見えません。人の優しさや笑顔に出会うことは全く珍しくは無く、同じように人生を送る人たちにしか見えないのです。(不可侵の壁はあっても)一定の自由を認め、競争原理を導入し、成功の報酬も与えることで中国は発展しました。お腹を空かせていないだけでなく、豊かさも手に入れました。人民の力を引き出す一方で自由を制限し、システムの秩序と安定を維持しながら発展しているのだと思います。中国人は決して絶望している人々ではないです。アメリカと肩を並べる程に成長したその時、発展の限界を迎えたその時、変わらぬ中国人は再び食べ物を分け与え合うことが出来るのではないでしょうか?恐怖による支配ではなく、同胞愛に基づくすべての人民のため、の原点に立ち返り、持続する中国を実現出来るかも知れません。そうであって欲しいな、という願いも相当入っています。

2026年8月20日木曜日

「人新生の黙示録」と中国再訪で思うこと

 皆さんはもうお読みになったでしょうか?斎藤幸平さんの著書「人新生の黙示録」。

人新世の「黙示録」(集英社シリーズ・コモン)/斎藤幸平 | 集英社 ― SHUEISHA ―

斎藤さんの肩書きは「経済思想家」となってます。そうですね、思想家だと思います。前著「人新生の資本論」が大ヒットして、当時大阪市立大准教授であられたのが、今は東京大学准教授(いっつもそうだよなー、妬みじゃないですよ)。資本論の方も読みました。「脱成長コミュニズム」がその時の方向性で、それもそうだよなーと当時思って、面白かったのですけど半分ぐらいで読むのをやめてしまいました。でも今回のは危機意識のレベルが違う。前半だけ読んでいると絶望してしまいます。斎藤さんがエライなあと思うのは、可能な限り広い視点から、世間のバイアスに流されない分析を元に持論を展開していくところです。文章表現力も私など到底及ばないレベルで、とても分かりやすく、説得力のある文章に引き込まれます。上記前半部分はもう、嫌気がさすほど正しくて、何故資本主義が人類の滅亡までの時間を急速に消費してしまうのか、全くその通りだと思います。人々は資本主義絶対の呪縛に囚われていて、変化を拒み続けることでテックエリートの餌にされています。資本主義は「クソ消費」によって資源の無駄遣いと気候崩壊を導いています。世界の終わりが迫りくることを認め、それを何としても回避するための思想に至り、行動しなければ確実に我々が記憶する「世界」はその終わりを迎えると思います(「地球」は無くなりません)。

これからの社会を創っていく学生の皆さんは、是非読むことをお勧めします。特に「ものづくり」の価値をナイーブに信じている工学部の学生さんにはショックだと思います。上の話だけだと「絶望」しかない様ですが、そうではありません。終末までの時間がもう長くはない。それは残念ながらそうです。だから今こそそれに向き合わなくてはならない。この本を入手してからタラタラとなかなか読み進まなかった(色々考えてしまって読むのが遅いです)のですが、後述のように、今夏中国を再訪(去年の夏に続き)している間に読み終えました。最後まで読むと、絶望しないためのメッセージがあることが分かります。斎藤さん言うところの「暗黒社会主義」に生き残りへの道が開かれる。「暗黒」などと言えばやっぱり絶望的な状況しかイメージ出来ないんですが、それは違います。「社会主義」はその前例からトップダウンの恐怖社会を連想させますが、それも違います。社会主義とは人民が互助する仕組みづくりであって、個人主義、民主主義を排除し、国家というシステムを強固にすることと同一ではないのです。今一番大切なのは、無駄遣いをやめ、戦争をやめ、如何にして共存し、持続する幸せな世界を実現するのか、ということに尽きると思います。斎藤さんの「暗黒社会主義」に共感はします。ただ、80億を超える人々、色々な境遇にある人々が協働し、その実現を目指せるのかと言えば、可能性は限りなくゼロに近いと思います。斎藤さんを越えるアイデアが浮かぶかと言えば、無理です。自分には賢さが足りません。少なくとも、考え続けること、訴え続けることの大切さを再確認させてくれたこの本に感謝します。言い訳ではなくて、これからの世界により大きな役割を果たすのは私ではなくて、若い学生諸君です。だから、今この時に是非この本を手に取って下さい。

さてさて、中国のハナシ。去年と同様、家族の帰省が目的だったのですが、中国、遼寧省、吉林省に行ってきました。個人的にとても大切なことがあったのですけど、それはここには書きません。例のEVだらけ、ということについては1年前と大きく印象が変わったわけではありませんが、今やレギュラーガソリンが日本円換算で202円/リットルと中国の方がずっと高いことに驚きました。イラン戦争や円安の影響もあるのかも知れませんが、ガソリンが高いのはEVに誘導する政策の一つなのでしょう。太陽光パネル、EV充電施設の充実、エネルギー自給と安定化、クリーン化(実際都市部の空気は綺麗です)、持続可能な仕組みづくりという点で圧倒的に中国の方が進んでいます。一方で人の無駄遣い度は日本よりも酷いかも知れません。ゴミを出し過ぎです。要するに、これらの変化は人々の意識の向上からもたらされているのではなく、トップダウンで進められているということです。瀋陽から吉林省の義母のところに向かう田舎(立派な高速道路が通っています)は相変わらず緑豊かで、「こんなに食うのか?」と思う程延々とうもろこし畑が広がっていました(とても美味しい)。ど田舎でも街灯が太陽電池+LEDだったり、開発の成果は及んでいるものの、相変わらず民家はかなりお粗末で、自分にはとても無理!道端では丁度シーズンのスイカが山ほど並び(これも美味しい!)、誰も飢えてはいない、食糧が豊富であること、さらに自給されていることに気付かされました。そうなんです。14億の民が飢えていないのです。義兄の豪邸から田舎のボロ家(失礼!)まで、食べきれない御馳走から簡素(でも大抵旨い!)な食事まで、センスと品質が共に高い新中華ブランドのファッション(結構良いモノです)から相変わらず上半身裸で短パン+サンダルの東北のオッサンファッションまで、格差はあれど、斎藤さん言うところの「コモンズ」いわゆる「衣・食・住」を14億人分満たしているのです。それって凄いこと。改めて中国の実力はそこにあるのではないかと気づきました。実は義父のお墓参りの時、とうもろこし畑の中をしばらく歩いたんですけど、臭いのなんのって。どうやら化学肥料は殆ど使っていない「有機栽培」のようです。それでこれだけ大量のとうもろこしを作れる?循環型持続可能農業?だとしたら、物凄いことですよ。恐らくはそれも環境意識とかいうことじゃなくて、コスト的に安いから出来上がった仕組みなのだと思いますが、14億の胃袋を満たし続けることが出来る能力、これは本当に凄いです。

そして今日の中国は知ってのとおり軍事強国であり、AI、ロボット、宇宙などあらゆる先端分野で米国に匹敵し、電池産業などは圧倒的に世界一です。レアアースのことなども、しっかり先を読んで来るべき時に備えてきたからであり、かなりエゲツナイ手を使ってでもグローバルに資源や食料の確保に取組んできた成果です。中国のリーダーの先見性、賢さを認めざるを得ません。人口がついに中国を上回ったインドも今のところ飢えてはいませんが、どうして発展出来ないのかと言えば、個人の所有を認める民主主義、資本主義陣営に組み入れられているからです。政府は調整役をしているに過ぎず、それを「民意」だと国民に説明して無策に陥ります。そのまま膨張を続ければ、生存する人と見捨てられる人が区別される選民思想(ファシズム)に突入します。それは一番恐ろしい社会ですね。しかし民主主義は捨てられない。人権、平等、表現の自由は人として生き、人生に意味を与えるために絶対必要なこと。だから私は中国では生きられない。しかし「国旗損壊罪」を成立させる日本に表現の自由はあるのか?個人の自由や所有を奪う全体主義にしか生き残る道は無いのか?もしもボトムアップ式に、分かち合うこと、持続可能であることを最優先とする社会主義を選択出来るならば、それは民主主義でもあるのか?現実には、民意によってそれを選択することは極めて困難と思えます。例えば、庭から石油が出てきた人に「掘るな」と言ってそれを取り上げるなんて出来ないでしょう。100年にも満たない戦後に辿ってきた歴史だけを見れば、個人が取るに足らぬ存在として蹂躙され、「全ては国家のため」の恐怖社会として中国が発展してきた様に思えますが、それは本当にそうでしょうか?今回の中国旅行で浮かび上がった最大のクエスチョン、ある意味「希望の光」はそれです。14億の胃袋を満たす実力を目の当たりにした時、「全ては人民のため」が中国共産党の本質であり、それは今も変わっていないのかも知れない、と思えました。ちょっと好意的過ぎますかね?

斎藤さんが提示する「暗黒社会主義」への自発的変化は残念ながら期待出来ないです。資本主義のバージョンアップではなく、資本主義を捨てなければ日本を含む資本主義国家は困窮し、衰退するか戦争を起こして自滅します(多分後者)。全員が生き残ることはとても出来ない。しかし、核戦争が起こったりしなければ、ひょっとすると中国だけは生き残ることが出来るのかも知れない。但し、生き残るに値するのは「中華民族」だけですけど。「人民のため」が支配のための偽りではなく、本当の同胞愛から発せられているのであるならば、世界が滅亡しても中華民族は滅亡しないかも知れません。昨今の中国に恐怖しか感じないのは、アメリカを打倒すること、追い付き、追い越すことが目的化してしまっているからでしょう。そうこうしているうちに(やはり戦争にならなければ、ですけど)世界は困窮し、競争に勝つことよりも安定と秩序を守り、持続することが重大な目標になります。その時、実力を蓄えた中国は衰退するアメリカを横目に持続する中華民族の繁栄を実現するかも知れません。今の中国は貧富の格差が甚だしい社会ですが、個人の所有などそもそも認められていないのです。いざとなれば、富裕層から富を取り上げ、全ての民が生き残るためにそれを分け与えることが出来るのです。同胞愛の名のもとに。やっぱり私は中国では生きられないですけど、ちょっとそういうのを信じたくなっちゃいました。中国共産党は人民を食い物にするモンスターではないでしょ。資本主義の過剰消費によって人々を食い物にしているモンスターがGAFAMじゃない?

斎藤幸平先生、どう思います?欧米さらには日本といった列強との戦いにおいて、あるいはその内戦でも、中国の過去には恐怖を感じる、人権を踏みにじる出来事が多くありました。しかしそれは中華民族の本質であるのか?中国のエボリューションによって持続可能な世界が実現する、というシナリオはあり得ないのでしょうか?少なくとも、アメリカが自発的に変化することよりも可能性が高い様に思えます。

ナウル、ゴムケツ、平等公正の難しさ

 国連総会の一般討論では、報道の様に各国首脳が舌戦を繰り広げています。また、米中首脳会談など、ハイレベルな外交が行われていますが、伝わってくる内容からその実態を想像すると、今後に対して極めて悲観的にならざるを得ない。まあ、外交の場で変におしとやかになってはいけないでしょうね。言う...