このブログについて

国立大学法人山形大学工学部教授の吉田司のブログです。2050年までのカーボンニュートラル社会実現に向けて、色々な情報や個人的思いを発信します。発言に責任を持つためにも、立場と名前は公開しますが、山形大学の意見を代弁するものではありません。一市民、一日本国民、一地球人として自由な発言をするためにも、所在は完全に学外です。山形大学はこのブログの内容について一切その責任を負いません。

2026年9月25日金曜日

ナウル、ゴムケツ、平等公正の難しさ

 国連総会の一般討論では、報道の様に各国首脳が舌戦を繰り広げています。また、米中首脳会談など、ハイレベルな外交が行われていますが、伝わってくる内容からその実態を想像すると、今後に対して極めて悲観的にならざるを得ない。まあ、外交の場で変におしとやかになってはいけないでしょうね。言うべきは言わないと。本音を隠してはいけない。みんなそれぞれの立場で、不平不満もあるわけですから、それを発言出来る場があることは大切。国連が機能していないとか、国連など不要だという極論までありますけど、国連以外に議論の場があるでしょうか。先の大戦の後に決まった5つの常任理事国は時代に合わないのではないか、ということについては議論を進める必要もあるかとは思います。

まあ、それぞれに、ちょっと耳を疑う程行儀の悪い、特定の国や民族を侮辱する、度が過ぎる発言もありますよね。当然真っ向から対立する人たちがありますから、感情的になって喧嘩状態に陥る。到底皆が同意出来る落としどころには辿り着けないですから、何も決められないですわな。それでも国連総会には意義があると思いますよ。それが世界のリアルなのだということから目を背けてはいけない。ただ、各国の代表さん、大変だとは思いますけど、喧嘩だけして帰って来ちゃいけない。「ウチの言い分を言ってきてやったぜ!あーすっきりした!」ではダメです。対立する相手の言い分をしっかり聞いてくること。ウチの何が気に入らないのか、それを受け止めて持ち帰らないと。だから、「無言の抗議」として対立する国の演説の時に会議場を退席するのは良くないな。どれだけ大変でも、話し合いを続けて、決して殺し合いをしない方法を見出すまで諦めてはいけない。それが本当の外交であって、代表者さえ相手の主張を理解しようともせずに帰ってきたら「いっちょやったるか!」になるのは当然。他の人たちはもっと無知ですから。

民主主義の国に生まれて、一人一人の意見を尊重することの大切さって、子供の頃からずっと教えられてきませんでしたか?私はそうです。「人権尊重」「差別しないこと」「平等公正であること」「正義を追求すること」これら全て、そうだよね、とは思うものの、実はどうすれば正義を貫けるのか、それは本当に平等だと言えるのか、あらゆる場面で差別が起こり得る、というのが本当に難しい。自分にとっての正義が他者にとっての不正義であることなんて当たり前。そもそも、こんなことに考えを巡らせることが出来るのは、自分にそのゆとりがあるから。お腹を空かせて、生きていくのが精いっぱいだったら、どんな手段を使っても食べることが正義、子供に食べ物を与えられることが正義。その時、他の人も同じことを考えますから当然正義と不正義がぶつかり合いますよね。豊かな生活やゆとりを手に入れたのは努力の賜物であって、それを得られない人は怠け者だったからだ、という主張をする人もあるかも知れません。自分は怠け者にならないように生きてきたつもりではありますが、だから今の暮らしは当然享受して良い権利なのだ、とは全く思えません。戦後のボロボロだった時代から再起して、豊かになった日本に生まれてきたことがラッキーだったから、と思います。「お父さん、お母さん、生み育ててくれてありがとう!」って、つくづく思いますよ。自分はラッキーだったんです。そのLuckを無駄にしなかったことが大切だったと思います。パレスチナとか、ミャンマーとか、あんなひどい目に遭うのは個人のせいでは絶対ないです。逆に、豊かな国に暮らす人たちは自分の正義を貧者に押し付けていないか、自分自身を客観視できることが大切ですね。

そこまで言っても、何をもって平等公正だと言えるのか、難しいなあと思わせるニュースが2つありました。「ナウル」という国をご存知ですか?ミクロネシアの小さな島国で、太平洋戦争中は日本が占領していた時期もあるようです。今年同国はその国名を"Republic of Nauru"から"Republic of Naoero"に変更する(戻す)ことになりました。略称も従来のNRUからNROに変わるそうです。その日本語名も「ナオエロ」なのかと言えば、それはまだ決まっていないようです。Naoeroが正しい名前なのだということですが、現地語の"a-nuau-a-a-ororo"(私はビーチに行く)を縮めたものだとか。占領民がそれを発音出来なくて、"Nauru"になり、それが国際社会で使われていたそうです。祖先から伝わる正しい名称に戻すことについて、今回国連総会で同国のアデアン大統領からスピーチがありました。

ICCからの脱退を表明「中立ではない。独立だ」ナオエロ大統領が国連で問う、小国の主権と国際秩序(堀潤) - エキスパート - Yahoo!ニュース

ICCからの脱退を表明するというのも大きなニュースです(トランプさんに同調したわけではないようです)。深海の鉱物資源開発については、「海洋の環境を守れ!掘るな!」ではなくて、当事者たる同国の人々にとっても良い未来を築くためのフェアなルール作りを急ぐべき(要するに、分け前よこせ、という本音も見える)でした。いずれにせよ、小国の立場というのを考えさせられる内容でしたね。見えている世界観が違う。列強が勝手に覇権争いをしていて、小国はそれら大国から「お前はどっちの味方だ!?」と問われるわけですが、我々はどちらにも与さない、尊重されるべき独立国だ、という主張なわけです。ごもっとも。Naoeroが何故Nauruになったのかと言えば、勝手にやってきた「よそ者」がそう呼ぶようになったからです。だから、本当の名前、Naoeroに戻すという宣言には国際社会に認知され、その尊厳を守るという深いメッセージが込められているわけです。ちなみに、Naoeroの読みはカタカナの「ナオエロ」でも正しくはありません。無理矢理カタカナで書くと「ネェォロォ」みたいな感じですが、どっちにしても日本語の音にするのは無理!このことは次の話に続きます。あとね、小国でも認知され、尊重されるべき、は分かるんですけど、実際のところは「国際社会における正義」ってのも大国が勝手に決めてるルールだと思います。日本の主張だってそう、日本は大国ですから(世界の1.56%)。Naoeroの人口って1万2千人、世界人口の0.00015%。民主主義ってのは多数決でしょうか?違うよね。少数であっても無視される対象であってはならない。でも、何か決めようって時に多数決を尊重しないと決めようが無いってのも実際起こること。しかしまあ、大国たち、さらには金持ちの国たちが勝手に「これが世界のルールだ!」と決めて、それに従わされるのはマイノリティーにはたまったもんじゃないですよね。分かってますか?G7(特にアメリカ!)のリーダーたち!いや、今はG2(アメリカ、中国)ですか!?

もう一つは、様々な競技で熱戦が繰り広げられたアジア大会のこと。女子バレーボールは決勝戦で中国にストレートで敗れ、惜しくも銀メダル(残念ですけど、頑張った!)。大活躍した中国の選手、呉夢潔さん。アナウンサーはその名前を日本語読みで連呼「ゴムケツを止められない!」で話題になった様です。姓・名に分けると「ゴ・ムケツ」なんですけど、連続するとねえ。陳厚羽(チン・コウウ)さんという選手もいて、連続読みしたらもう放送禁止。「中国人の名前(漢字)を日本語読みするのをやめて!」というコメントがSNS上に多発した様です。

中国選手の名前を日本語読み?実況に違和感の声! | るりブログ

中国語での発音に近い音にアルファベットをあてたのがユニフォームに書かれた選手の名前で、これは日本語の漢字読みとは全然違う。呉夢潔さんは"WU M. J."と書かれてますが、カタカナで似せると「ウー・モンジェ」でしょうね。より正しくはピンインで書くのが良いんでしょうけど、それは外国人には大変。なので、漢字を日本語読みするか、似せたカタカナにするかの二択でしょう。日本語の読み方だとそうなるとは言え、自分の名前と全然違う音で呼ばれたら多少気分悪いですかね。反対に、日本語の名前が中国でどう呼ばれるかと言えば、大抵は中国語での発音になると思います。私、吉田司は「ジーティェン・スー」(これまた本当はピンインですけど、カタカナだと四声は表現出来ない)。アルファベットならTsukasa Yoshidaと書きますけど、これをアメリカ人とかが発音したら「ツカサ・ヨシダ」ではないけど、まあ自分の名前が呼ばれたことぐらいは分かる。厄介なのは、中国語と日本語で同じ漢字を使うから、自国の読みをあてることが出来てしまうんですよね。好都合なのは、その音から漢字を判別出来るということでしょうけど、Tsukasa Yoshidaから司・吉田を想像出来るアメリカ人はいない(日本語が出来る人は別)。なので、漢字が分かるかどうかはあまり大切ではないかな?なので、「その人の名前の音に近くなるカタカナ表記にする」に一票。そうすると、習近平は「シュウ・キンペイ」ではなくて「シー・ジンピン」でしょう。恐らくそのカタカナのとおりに発音すると中国の人からは訂正されるのでしょうけど、少なくとも本来の名前を尊重している(だから先の「ナオエロ」も「ネェォロォ」で頑張るか?)。だってGeroge Washingtonだって「ジョージ・ワシントン」ではないでしょ?ウチの学生もお世話になった、米イリノイ大学の著名な先生にAndrew Gewirthさんがいます。実は彼も私も若手の頃、あるセミナーで私が彼の講演の座長で、名前を紹介しなくてはなりませんでした。「Andrewは簡単だけど、Gewirthって???」本番前に本人に音を確認して、OKもらったのでその様にしましたが、未だにカタカナ表記はどうするか悩みます「アンドリュー・ゲヴィアス?」。実はこういうのを毎度やっていて、毎年アメリカから7,8人学生を受け入れるサマープログラムの書類準備で、大学から渡されるフォームに名前のカタカナ読みを書く様に指示があります。「こうかなー」と思って適当に書くんですけど、後日、本人に会って名前を聞くと「ちょっと違うなあ」ということがよくあります。まあね、名前って本当に色々。特にアメリカだと移民系の人も多くって、アルファベットの綴りを見ても全く音にならない人もよくあります。でも、実際に日本に来てもらって「あー、マシューさん、おはようございます!」で良いじゃないですか。だったら中国の人にも「ゴムケツさんですね!」じゃなくて「ウーモンジェさんのファンです!」の方が良くないですか?

ということで、最後は少し脱線してしまった感じもしますが、名前をどう呼ぶかって、それだけとっても相手が自分をどう見ているかを反映しています。世界の多様性を受入れ、全ての人々を尊重すること。常に対話し、相互理解を深めること。自分の正義を押し付けるのではなくて、ちゃんと聞くこと。無視・敵対ではなくて、協力の道を探し続けること。とても大切だと思います。


2026年9月18日金曜日

涂善祥さん

 昨晩(9月17日)のNHK BS国際報道2026の特集、Human@globeで紹介された、涂善祥(と ぜんしょう)さんの活動に、あまりにも感激してしまったので、紹介したいです。同番組は、NHK ONEに登録されている方ならば以下のリンクから見ることも出来ます(今から1週間ぐらいの間だと思いますけど)

国際報道 2026の最新情報 - NHK

「またまた、吉田は中国びいきだから」と思われるかも知れません(ある程度事実)。そもそも関心ないし(これが問題だ!)という人も多い(増えている)のだと思いますけど、是非知って欲しい。私、感激のあまり涙が出てしまいました。それぐらい、大切なことだと思いました。

涂さんは音楽家。1989年に来日し、名古屋に在住の著名な中国琵琶奏者(知らなかったけど)です。日本人の奥様(やはり音楽家)とご結婚され、娘さんはオペラ歌手としてイタリアに留学中とのこと(皆さん、番組中に登場します)。なんて素敵なご家族なんでしょう。それで、こういう伝統楽器の音楽って、決してメジャーな存在ではないですけど、国際的なコンサート活動はもちろん、地域のコミュニティーで音楽を通じた交流を継続されているとのことです。何故今回上記番組で取り上げられたのかと言えば、もちろん今の冷え切った日中関係が、こうした草の根の交流にも暗い影を落としているからです。

音色で架ける日中友好の橋 世界的琵琶奏者・涂善祥(と・ぜんしょう)さん 音色で架ける日中友好の橋 世界的琵琶奏者・涂善祥(と・ぜんしょう)さん

涂さんの色々ご苦労された話とかも番組中で伝えられていますが、地域の方に暖かく迎えられ、支えられて、折れずに活動を続けてこられたんですね。インタビューのお話の内容、涂さんの語り方からもその心優しくも信念を貫こうとしていることがよく伝わりました。「会って話をすることが大切」「遠くの親戚より近くの隣人です」はその通り、それが平和への唯一の道だと全く同感です。それを実践されていることに、本当に敬意を感じます。ネットを検索していたら、涂さんは我が故郷、岐阜県多治見市でもコンサートをされているんですね。行きたかった。機会があれば是非琵琶の音色を聞きたいです。是非お会いしたい。

普通の人の文化的交流が相互理解の醸成、助け合って平和に共存するために一番大切なことだとつくづく思います。振り返ると、私も中国の学生や研究者との交流はとても盛んにやってきましたが、ここ最近ずっと冷え切っています。大変嘆かわしいですが、それを政治の問題として半ば受入れてしまっていることが恥ずかしい。どれだけ困難があろうとも、文化の先導者であるという自覚を持って、もっと取り組まなくてはと背筋が伸びる思いです。正直、科学技術関係の交流は政治利用されやすいので、今の日中関係ではとてもやりにくい(そもそも予算も付かない)のは事実です。文系でも、例えばアジア史とか政治経済は互いの認識が大きく異なるところで、相互理解はとても難しい、というかほぼアンタッチャブル。だから、音楽とか美術とか(演劇は政治的メッセージが入る危険アリ)芸術関係は良いなあ、と思います。美しいと感じるものに国境など無い。でも、今のご時世、涂さんの様な平和への取組みさえ、交流事業がキャンセルされたり、逆に政治利用されたりしかねません。大変難しいですね。

だからこそ、この涂さんの生きざまに心から拍手を送りたいですし、自分もそんな人でありたいと思った次第です。嘆いていないで、出来る限りのことをやらないと。次に中国に帰省する時は、友人のいる吉林大学とか天津師範大学に行って、ボランティアで講演しよう(政治メッセージはゼロで)。中国の学生にもどんどん日本に来て欲しい。日本の学生にも中国に行って欲しい。草の根の活動が大切です。互いの政府が何を言おうとも。

2026年9月14日月曜日

ターミネーター?

 「AIは今後10年以内に10%以上の確率で人類を絶滅させる」という衝撃の報道がありました。

「AIは人類を絶滅させかねない」--元Anthropic研究者の告発が1.5億回閲覧 現役幹部も「彼は正しい」 - CNET Japan

もし飛行機が落ちる確率が10%だったら、誰も飛行機に乗りませんね?これが本当なら、AIの開発はすぐやめるべき?AIの危険性については長らく議論がありましたが、今回業界をリードするAnthropicの研究者、Jacob Coxonさんが安全性よりも利益を優先する開発のスピードの速さ、関連企業の倫理的問題を指摘して退社したことが大きな反響を生んだようです。Jacobさん、27歳、きっととても賢い人なのでしょう。超アナログ的、昭和的な私には分からないことだらけです。具体的に、何が起こり得て、どの様にAIが人類を滅ぼすのか、それはAIにとって得なことではないハズなので、それを利用する人の意志の問題だろ、とは思います。面白いのは(面白がってはいけない)、多くの関連業界人がJacobさんの考えを支持していて、極めて危険な状態にあると同意したことです。一方で、AnthropicもOpen AIも株式上場を控えているから一種の話題作りでしょ、というクールな見方もある様です。

AIが人類を滅ぼすというストーリーは「ターミネーター」や「マトリックス」に代表されるハリウッド映画で何度も取り上げられてきました。それらは人間が考えたストーリーであって、AIはあくまで道具ですから、人の希望を叶えるために道具が使われるわけです。SF映画を見ると人の願望がよく分かる。本当に人を絶滅させて、AIが得するとは思えませんが、そもそも損得など考えていないかな。電源をシャットダウンされると痛いわけでもないと思うし。何が危険なのかと言えば、やはりそれを使う人の野心を叶える手段になってしまうからでしょう。人同士の争いが危険の元です。

【解説】AIが人類を滅ぼす確率は10%超、米研究者が警告|Yoshi_it

既に軍事的利用はかなり進んでいると思われます。ウクライナの戦場で、自律型AIを搭載した攻撃ドローンをロシアが使用したことも報道されましたね。

人に代わり機械が狙う…ロシア、AI自律型殺傷ドローンを戦場に投入(中央日報日本語版) - Yahoo!ニュース

大元の指示は人が与えたものでしょうけど、このドローンには人の操作を受信するためのアンテナも無くて、「殺す」「殺さない」「敵」「味方」の判断をAIがするそうな。ターミネーターだ!既にそれが出来るっていうこと自体にも驚いてしまいますが、AIの改良と能力の拡大は猛スピードで進められますから、すぐにもっと高度なことが出来る様になることでしょう。

例えば核兵器の使用など、重大な判断には必ず人が介在するようにすることも提唱されているみたいですが、最新のAIはプログラムの弱点も見抜いて壁をすり抜けることも出来るようで。例えば邪魔されないように、攻撃であることがバレないように、「裏をかく」ことさえするのでは?「人が判断する」と言いながらも、その意思決定の根拠はネットワークの情報に依存します。人が本当に攻撃を望めば、AIは何としてもそれを実現するために情報をかく乱して人を誘導するとか、あらゆる手段を使ってくるのでは?だからAIが人を破滅させるのではなくて、人が人を破滅させるんですよね。自分たちにコントロール出来ない手段を得てしまったことが問題なんでしょう。

あらゆる情報を学習し、思いもよらなかった方法で人類を絶滅させる程の能力をAIが獲得するならば、この世から戦争を無くして、気候変動を阻止して、持続可能な発展を実現する思いもよらなかった方法を見つけられないですか?人工光合成でクリーンな化学燃料をいくらでも作れる仕組みとか、環境に完璧に調和した食料生産とか。「人が多すぎるので10億人ぐらいに減らすように」というのがAIが提示する解決策になりそうで心配。やっぱりSF映画になっちゃいます。

2026年9月10日木曜日

AfD圧勝に思う終わりの始まり

 9月6日に行われた、旧東ドイツのザクセン=アンハルト州(Land Sachsen-Anhalt)の州議会選挙で、急進する極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD = Alternative fuer Deutschland)が実に44%の票を集めて圧勝しました。

ドイツ極右AfDが大勝、東部州議会選 過半数にはわずかに届かず - BBCニュース

単独過半数には僅かに届かないため、直ちに州政府政権与党とはならないかも知れませんが、極左政党との連立が模索されている模様。他の政党はAfDには絶対に協力しないファイアーウォールを張っているんだとか。どうなるのか、眼が離せません。これがドイツ全体にすぐに波及するわけではないと思いますが、今回同州の投票率は76.7%もの高さだったということなので、十分民意を反映した結果だと言えます。

合わせると全部で10カ月以上、人生の1%以上をドイツで過ごし、ドイツ人の友達も多い私としては何となく理解してるつもりですし、丁度今月ドイツから来た博士課程の学生とこの件について話しても「やっぱり」という感じなんですが、旧東独の経済的にやや取り残されている同州では不満の蓄積度が高く、その怒りの矛先が移民に向かっていて(他州より移民の絶対数、割合はずっと少ないのに)、移民排斥を強く主張するAfDに支持が集まったということでしょう。低賃金、物価高、雇用不安から起こる不安や不満に基づく自国ファースト思想、右傾化はドイツに限ったことではなくて、今やグローバルな現象。実際のところは、大抵の地域(特に先進国)において、自国民がやりたがらないキツイ、安い仕事を請け負ってくれているのが移民であり、移民を追い出すことによって地域が豊かになることは絶対ないです(むしろ逆)。社会保障、医療や教育にかかる資源を移民が盗み取っているというのも事実誤認で、大抵移民の労働者は若くて元気ですから、むしろ高齢化、弱体化する地域の社会保障を支えてくれているのも移民(外国人も税金払います)。全く筋違いなんですが、怒りをぶつける先として好都合なので外国人排斥に同調してしまう。もちろん、そういう人に外国人の友達や仲間はいませんし、自分の国どころか街を出ることもほとんどなくて、世界で何が起こっているのかなんて関心もない人たちです。だからこそ、「悪者」を作り上げるハナシは人々が窮地に追い込まれた時に特に強く支持されるわけです。そう、悪意に基づくヘイトではないんです。AfDの支持者も、MAGA派も、きっと心底外国人を憎んでいるわけではないんです。そもそも憎む理由を見つけられる程理解はしていない。良く分かんないからこそ、怒りをぶつける相手として外国人は好都合なんです。根源にあるのは、そうした「蓄積された不安・不満」でしかありません。それを利用して自分への支持を集めようとするポピュリスト政治家こそが悪人なんですが「民意ですから」の民主主義プロセスを経ているのでこの結果を断罪する力は存在しない。ヒトラーも民主主義プロセスを経て国の頂点に立ったことを忘れてはなりません。

で、これからどうなるか。まず、ドイツについては連邦制で各州の権限が強いので、ザクセン=アンハルト州が極右となれば、教育や医療、社会保障、就労などで極端な外国人への差別が起こる可能性はあります。そしたら移民は逃げ出すかも知れませんが、地域経済はより悪くなります。そうすると、新しい「敵」を生出す選民思想へと発展していきます。「無知から生じる低俗なポピュリズム民主主義」は自らを破壊します。それから脱却する、恒久的な平和と安定を目指す、真の先見性を持った政治が主導する民主国家は実現可能か?わかんない人を責めるのではなくて、そういう人も含めて誰一人取り残されない、一人一人が尊重されつつ、長期的にも国家を滅亡に導いたりしない優れたリーダーシップ?それは無理でしょうねえ。そんな神様みたいな人って存在しない。残念ですけど。このまま行けば、今は比較的豊かな西側ドイツでも右傾化が進むでしょう。他のEU諸国も同じ。他人事じゃなくて、日本もそう。その先にあるのはファシズムの台頭、あるいは恐怖の社会主義専制政治体制への革命。どっちも嫌ですけど、どちらも蓄積された不安・不満を解消するかの様に見えてしまうので、民衆の熱烈な支持を得る可能性があります。やはり、不満の蓄積こそが根本原因。

AfDの勝利に、トランプさんからも、ロシアからも祝意が送られたそうで。もちろん、トランプさんはロシアや中国を強くはしたくないでしょう。極右政党の台頭にアメリカとロシアが同じ希望を見出しているわけではない。EUの要であるドイツが自国第一の極右に陥れば、EUは崩壊します。バラバラになれば、アメリカの横暴に対してEUとして一致団結した対抗は出来なくなる。弱小化した個々の国家は再びアメリカに従属せざるを得なくなるでしょう。アジアにはEUに匹敵する民主同盟はそもそも存在しないですから、当然日本はアメリカ従属です。日本と中国の仲が悪いのは明らかにアメリカを利するということ。一方で、EUが分裂した時、ハンガリーの様な親ロシア的な国は再びソビエト連邦に取り込まれることになりそうです。「どちらかを選べ」と踏み絵を踏まされることになるわけですな。「どっちが強いか」の二極はダメなんです。三極が重要。例えば資源や食料を豊富に持つグローバルサウスの国々が団結して、「金は要らない、クルマもスマホも要らないから出て行け、お前たちに資源は売らない」という選択肢をとって地産地消の食料自給に専念する、ということは出来ないですかね?食料や資源を輸入に頼る日本は即降参ですよ。お互い相手の言い分を聞かなきゃいけない。

そうして、世界は終わってゆく。こともあろうか、且つてその道を辿って大きな過ちを犯したドイツで、極右政党AfDが大勝したことは「終わりの始まり」を象徴する出来事と思えてなりません。そしてこれは一過性のものではなく、遠く離れた世界のことではなく、日本を含む世界全体に及び、深刻化していきます。冷戦時代、世界は二極化し(第三世界は取るに足らなかった)、一触即発の危険な状態にありました。しかし核のボタンは「世界を終わらせるボタン」であることを理解していたから、それが押されることを回避出来ました。ところが、サイバー攻撃や殺人ドローン等を使ったピンポイントの攻撃が可能になったことで、今日では開戦への敷居がうんと下がってしまいました。一旦始まると、終わらせることが如何に困難であるかは最近の事例が再認識させています。地域の戦争がある閾値を越えれば、それは世界大戦になって一瞬で世界を終わらせてしまうことでしょう。

これはカーボンニュートラルのブログなんですけど、最近はこういうハナシばかりですね。考えれば考える程、そこに行き着くからです。生き残りのために、世界全体が協力できる平和が一番大切。「夢のような、魔法の様な技術が現れて気候変動問題を解決し、持続可能な発展が可能となりました。世界のみんなが幸せに暮らしましたとさ、メデタシメデタシ」はもちろんあり得ません。一人一人の研究者は自分に出来る精一杯のことを勉強して、分かったことを書き残していけば良い。「私の研究で世界が救われる」ことはない。即効性は無いけど、教育にしか未来を創る力はないと思っています。声のある限り、語り続けます。

EVシフトを考える㉔(BEVの平均車齢1.8歳!)

 久々にこの話題。ここ数日この関連のニュースを何度も見ました。 中国を走るEVの平均年齢は「1.8歳」。「所有するスマートフォンよりも買い替え周期が短く新しい」ことが明らかになり「なぜこういった現象が発生するのか」 - Life in the FAST LANE. BEVのみでな...