このブログについて

国立大学法人山形大学工学部教授の吉田司のブログです。2050年までのカーボンニュートラル社会実現に向けて、色々な情報や個人的思いを発信します。発言に責任を持つためにも、立場と名前は公開しますが、山形大学の意見を代弁するものではありません。一市民、一日本国民、一地球人として自由な発言をするためにも、所在は完全に学外です。山形大学はこのブログの内容について一切その責任を負いません。

2023年4月21日金曜日

宝もの③

 またしても、宝ものを頂いてしまいました。ありがとう!(ケーキはもう食べちゃったけど)

昨日、57歳になりました。この歳になると、誕生日はあまり嬉しくないのですけど、昨日はサプライズの連続でしたね。忙しくバタバタしていたところに、オレグさんがケーキを持って学生たちが私のオフィスにやってきて、オレグさんが独特のトーンで、Happy Birthday to You!"と歌ってくれました(誰かにビデオ撮って欲しかった!)覚えていてくれたのね、嬉しいです。

それから、先日までドイツに行っていた中村君から「これ、鶴さんからです」と頂いたのは、クロアチア産のネクタイ(写真のやつです)。なんでも、クロアチアがネクタイ発祥の地なんだそうで、クロアチアで買ってきてくれたそうです。鶴君はうちの研究室で博士論文研究をやった2018年卒業生ですが、今はオーストリアで炭酸ガス還元関係の仕事をしています。中村君が帰国前にリンツに行って、鶴君に会った時に渡されたそう。この仕事をしていると、世界中に研究仲間がいることを嬉しく思いますが、世界中に次世代の研究者となる息子や娘がいるのはもっと嬉しいですね。

そして、家に帰って晩御飯を作りましたが(誕生日でも作るのは私)、家族が花束とケーキを買ってきてくれました。本日二度目のケーキ!ウっ!いや、その時の写真、宝ものの子供二人と映っているデレデレの写真もあるのですが、さすがにそれはここに載せるのやめておきます。大学の子達も、ウチの子達も、こうした幸せと平和が続く世界に生きて欲しいと強く願います。


2023年4月16日日曜日

安い日本

 色々書いている時間が無いのですけど、是非学生の皆さんはこの事実を知り、考えて欲しいと思います。表向きのハナシとは真逆で、日本はどんどん衰退しています。

[NHKスペシャル] 世界が注目"割安な日本” 最前線の迫真ルポ | ジャパン・リバイバル “安い30年”脱却への道 | NHK - YouTube

データで見る “安いニッポン” - NHKスペシャル - NHK

バーゲン・ジャパン 世界に買われる“安い日本”(2)労働力 - クローズアップ現代 - NHK

安いニッポン! なぜ賃金は上がらないのか? NHK解説委員室

一体誰がこんな日本にしたのか!?そう思いますよね。今や日本の平均給与は韓国より下。上のレポートにある中国企業で働く日本人技術者のインタビューが大変印象的。人を大切にしてこなかったからですよ。しかし、この状況に及んでも、海外のパートナーを信頼して協働する勇気と能力を持てない人は、置いて行かれることになるでしょうね。日銀がどれだけ資金提供をしても、それを使ってもらえない。新しい経営体制で、海外からの潤沢な資金を得て新しいマーケットに進出しないと、大変なことになりますね。

学生の皆さんは、日本で仕事をする、というイメージから早めに脱しておいた方が良いと思いますよ。日本人は我慢し過ぎなんです。だけど、心の奥底では納得なんてしていないから、最近はテロみたいなことが頻発する様になってきてしまいました。開戦前夜、あの頃の日本(私生きてなかったけど)に似ていると思えてなりません。是非、AIなんかに頼らないで、自分自身を見つめてみて下さい。諦める必要なんてないですよ。でも大切なのはパートナーシップ、敵対ではありません。

2023年3月10日金曜日

宝もの②

 今年度研究室を巣立っていく学生から、ものすごい宝ものを頂きました。あまりにも嬉しくて、泣けてしまいます。ちょっと自慢話になってしまうけど、お許しください。30年近く大学の先生をやっていて、こんな素敵な贈り物を頂いたのは初めてです。


こんな感じです。私がよく着てるような、フード付きの黒いパーカーなんですけど、完全オリジナル!それも学生たちが心をこめて作ってくれたことがひしひしと伝わってきます。今、こう書いている間にも目頭が熱くなってしまいます。大げさじゃなくて、本当にそれぐらい嬉しかったんだよ!みんなありがとう!
なんたって、背中の「名言7選」に感激してしまいました。笑いが出るほど、良く言う迷言(?)をピックアップしてくれました。確かにいっつもこんなこと言ってるよね。君たちがどれぐらいよく見ているのか伝わってきました。恥ずかしいのと嬉しいのと…。いっつも厳しいことばかり言ってる吉田先生ですが、伝わってるんだなあ、と思えたことが嬉しい。いつも悩み、どうしたら良いのか、この歳になってもまだ試行錯誤ですけど、少しだけ自信をもらえました。君たちとちゃんとつながっているんだ。
あまりにも素晴らしくて、もったいなくて、とても着れません。本当は着て自慢したいけどね。これはずっと宝ものにして、大切にとっておきます。自分が苦しくなった時は、きっとこれを見て頑張ります。本当の宝ものは、君たちだね。良い世界をつくって下さい。チャレンジに溢れ、充実した幸せな人生を送って下さい。時々は便りをください。
自分は幸せ者だ。あー、本当に泣けてきた。ありがとう!


宝もの①

 先日(2023年1月25日)、米沢市立北部小学校の6年生の皆さんに、「SDGs・地球温暖化・カーボンニュートラルについてみんなで考えよう!」というテーマで特別授業をさせて頂きました。そしたら、60人以上の子供たち全員からお礼の手紙、感想文を頂きました!手書きでびっしり書いてあって、熱心な子は2ページに渡っていました。全部読ませてもらいましたよ!

「自分たちのせいで地球が大変なことになり、他の生き物が死んだりしていることがショックだった」「ゴミを拾おう、プラスチックを出来るだけ使わないようにしよう、節電、節水を心がけよう」などに加えて、「どうして不平等が起こってしまうの?」「ウクライナとロシアの戦争が早く終わって欲しい」「このことについて、家族で話をしたい」など、まさに我が意を得たりで、子供たちが熱心に学び、素直に受け止めて、考えていてくれることが良く伝わりました。また、本当は対面でやる予定が、私がインフルにかかってしまったために、急遽オンライン開催になってしまったのですが、そのためかも知れませんけど「これからも、お体に気を付けて、お仕事頑張って下さい!」「ありがとうございました!」の言葉を沢山もらって、本当に涙が出るほど嬉しかったです。この手紙は宝ものです。みんなありがとう!

米沢市の青木さん、この特別授業の開催にご尽力いただきまして、本当にありがとうございました。この手紙を見て、心からやってよかったと思いました。子供たちの感受性の高さ、素直さ、真剣さに感銘を受けました。しっかりと伝わっていると感じますし、これからのこの子達の学びと成長に役に立てたように思います。きっとこの子達が大人になる時、今までの人たちに出来なかった幸せが持続する世界をつくっていってくれると、そう信じられる気がします。これは、是非続けましょうね!中学生になったこの子達に再会して、もっと話がしたいですし、次の子達とも会いたいですね。

60ページ以上の手紙、丁寧に色まで付けてある子も

授業風景はこんな感じだったそうです、会えなくて残念でした!

2023年1月30日月曜日

プラスチックを食べる微生物

 最近、あちこちで、特に子供向けに海洋プラスチックごみの話をしました。持続可能性を脅かす数々の問題の一つに過ぎないとは言え、プラスチックを餌と間違えて食べて死んでしまう海の生き物のことを知ったりすると、それは衝撃で、身近な目に見える問題なので、例えば温室効果ガスの濃度が増えて異常気象が多発する、その原因と結果の因果関係とかよりもストレートに分かりやすく、特に子供の関心を引く「つかみ」としては大変有効ではありました。毎年800万トンものプラごみが海に流れ出し、このままだと2050年には海のプラごみの重量が魚全部の重量よりも多くなる、なんて聞いたらショックですよね。

丈夫で軽いプラスチックはとても便利で、容器や道具としてだけでなくて、衣服として着てもいますが、そもそも化学合成的に極めて丈夫な高分子を作り出しているわけですから、勝手に分解したりしない。プラスチックをやめて紙や木に変えれば良いというものでもなくて、紙を作るにもたくさん水、薬品、エネルギーを使います。プラスチックを使った包装が無ければ、スーパーとかコンビニとか絶対成立しませんから、プラスチック万歳!なのです。中身を取り出したらすぐにその包装紙(プラスチック容器など)を捨ててしまうこと、毎日それを繰り返していることに罪悪感は感じますけどね。だからってやめられない。大半のプラごみはサーマルリサイクルされます。単に燃やして燃料にします。これをリサイクルと呼んで良いかどうかについては異論もあるでしょうが、最新の高温焼却炉では僅かな灰分がガラス状に無毒化されますし、CO2になってしまうこと以外には問題とはならないでしょう。今はそのCO2が問題なんですけどね。

しかし、心無い人が捨てたのか、風で飛ばされたのか、理由は何であれ、我々がこれだけ大量のプラスチックを作り、利用しているわけですから、当然環境中への流出は避けられません。お魚大好きなうちの娘も、そりゃあ悲しむわけです。すぐに分解されて消滅する生分解性プラスチックとかは、用途が限られてしまいます。一方丈夫なポリエチレンとかPET樹脂とかは流出すると微小なマイクロプラスチックになるだけで分解されず、それが上記の問題を引き起こしているというわけです。しかし、その後はどうなっちゃうの?と思っていました。ゆっくりとはであっても、自然環境の中で加水分解されたり、酸化されてやっぱり消滅するのかなあと思っていました。しかし、どうやらもっと凄いことも起こっているようなんです。なんと、プラスチックを分解する微生物がいるんです。

プラスチックを「食べる」スーパー酵素はプラスチック問題を解決できるか | CAS

そんなの常識でしょ!?という方もあるんでしょうね。私が知らなかっただけかも。上記には結構詳しく発見までの経緯や最近の研究について説明されています。2016年にプラスチックのリサイクル場で、PET樹脂を分解して、それを代謝して増殖する微生物が日本で発見されたそうで、プラスチックリサイクルの一助となるのでは、ということでその分解力を向上させるバイオテクノロジー研究が進展しているようです。腸内にこのプラスチック分解微生物を飼っている虫まで見つかっているみたいです。コイツはプラスチック容器をかじったりするんですかね?

プラスチックを食べる幼虫をカナダの大学が発見。マイクロプラ除去システム開発に貢献か | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン | IDEAS FOR GOOD

泥臭いケミストリーしか知らない私は心底驚き、生き物の能力の凄さに感銘を覚えました。この微生物が直ちに海洋プラスチックごみの問題を解決してくれる様なことは恐らく無いんだろうと思います。今まで通りプラスチックをバンバン使って、そのゴミを虫に食べさせて、その虫を食べる???いや気持ち悪いなんて言ってられないです。人の身勝手な行動で生じた問題を自然が解決してくれるなんて、ちょっと都合良すぎ。もちろん、この微生物を人の目的に合わせて改良して、ゴミの解決と再資源化に活かす可能性を探る研究は良いと思うし、ワクワクしますね。

しかしまあ、このことを知って思ったのは「風の谷のナウシカ」の世界観なんですよ。宮崎駿さんって、本当に凄いな。終末戦争で荒廃し、汚染されきった地球(?)は腐海と呼ばれる毒ガスを出す植物(菌類みたいなやつ)に覆われ、それを守る巨大昆虫が共生している世界ですが、ナウシカはその腐海が水や大地を元の綺麗な姿に戻していることを見つけるんですよね。自然との共生の大切さを訴える、良く出来たドラマだと思います。そしてこの、プラスチックを食べる生き物の存在。これって、太古の昔から生存していたのでしょうか?PETが発明されたのが1941年、広く流通したのは戦後ですから、それまでは自然にはPET樹脂なんて存在しなかったハズです。そうすると、それを餌にする生き物がいるとも考えにくいですよね。ひょっとして、人間が大量のプラスチックごみを生むようになってから、それを食べる生き物が進化によって生まれたのですか?火を付けたら燃える化学エネルギーですから、それをエネルギー源にすると生きられるよ、という能力を新たに獲得するってこともある?まさに、ナウシカの世界ですよね。人が荒らしまくった世界を元通りにしようとする生き物が生れてくる?だとしたら、自然の力って本当に凄いです。ただ、それに甘えていたら、きっと人類は絶滅するんですよ。仮にそのプラスチックを食べる生き物が新たに生まれてきたのだとしても、それは愚かな人間を救うために生まれてきたのではなくて、この地球環境を守るために生まれてきたんです。でもまあ、とにかく自然の偉大さにただただ感心するばかりです。久々に、重苦しい嫌な話でなくて、夢のある話題でした。

2023年1月26日木曜日

イノベーション

 このところ、ずっと経済学の話が続いてきたように思います。経済学のみならず、国際的な情勢を分かっていること、歴史認識、理系の人たちにも大切だと思います。テクノロジーは、特に今の世の中においては人の強欲さを満たす手段として用いられ、ぼーっとしていると全く社会的意義の無いこと、もっと悪い場合は害を及ぼすことにさえ手を貸してしまうことになりかねません。理系の人の多くは素直過ぎて、社会を支配する層が示す基準に盲目的に従い、議論を戦わせることもなく(研究のこと以外議論が下手)、そういうふうだから社会の動向にも無知(無関心)でナイーブなところがあります。学者でさえも世界がどうあって欲しいと思うのか、成すべきこと、すべきでないことに対する基準が自分自身の中に明確では無いから、いきおい論文の数、インパクトファクター、外部資金とか、自分自身の価値の定量評価に使われる数字が気になり(理系は数字には敏感!)、学問の社会的意義を見失って翻弄され続け、挙句の果てはバーンアウトしてしまうか、あるいは世捨て人の様に自分の研究の世界の中に逃げ込んで、その社会的意義など考えなくなるように思います。どっちも良くないですね。

ということで、経済学というか、世の中の仕組み、人が辿ってきた歴史についても貪欲に学び、人の内面にも向き合ってこれから起こるであろうことを想像し、今の時代感覚を持って成すべきことに気付き、行動することも理系学者が学者らしくあるために必要だと思うのです。何もそれは学者に限ったことではなくて、テクノロジーに関わる全ての人について言えることです。単に利用される存在とならず、自分の行動に自らその意義を与えられることは大切です。学者になってからのこの30年あまり、科学の進歩に伴って業界は細分化され、専門性が問われる傾向が強かったと思います。専門領域で秀でることが個々の存在意義として求められてきました。しかしそういう細分化が進んだことで、互いの関係が見えなくなり、果ては自分自身の学問が世界とどう繋がっているのかさえよく分からなくなってしまい、分野を越えた協力というのを難しくしていました(YUCaNでの苦労でそれを痛感しています)。今再び、レオナルド・ダ・ヴィンチ的な博識の人が求められている様に感じます。失われた世界の絆を取戻すには、知識や理論だけでもない、実践と経験だけでもない、両方を兼ね備えつつ本当の意味で世界を俯瞰し、自分の周囲の都合や常識に流されない存在が必要です。それを目指してんだけど、自分の能力的になかなかそんなこと出来ません…。

テレビっ子(死語)の私は、活字を読むのが苦手で、スピード感も無いのでテレビとかメディアの情報を大量に仕入れます。ただ、いつも批判的にそれらを見ているので鵜呑みにはせず、そこから考え始めます。ここ最近の記事に一番影響を与えたのは、今年の正月に放送されたNHK BS1スペシャルのこの番組です。

欲望の資本主義2023 逆転のトライアングルに賭ける時 - BS1スペシャル - NHK

繰り返し見てしまうほど、中身が濃かったです。先日話題にした「労働力のステルス値上げ」もこの番組の中で渡辺努先生が言っていたことでした。色んな人が話をしていますが、多くがフランスの経済学者。やっぱり私、フランス好きだなあ。大勢の考えとか空気に引きずられている様なところが全く無くて、日本人と対極的です。とても説得力があり、うならされるのですけど、これらの経済学者が語るテクノロジーや産業は、やっぱり机上の話になっていると感じるところもあります。それは、実際にそれらに関わった経験が無いからでしょうね。例えば太陽電池やリチウムイオン電池を作るための産業技術がどれぐらいダーティーであるのかについてのインプットがされていない感じがします。まあ、良い番組だと思いました。再放送もまたあると思いますし、NHKオンデマンドでも見れますから是非ご覧になると色々考えさせられると思います。

さて、この番組でもしきりと「イノベーション」という言葉が登場していました。イノベーションとは何か、まずその定義から確認しましょう。

イノベーション - Wikipedia

イノベーションは新しい技術の発明、Invention(インベンション)ではないんです。用いられる技術というのは陳腐で古臭いものであっても構わない。新しい切り口、とか言われていますけど、要は社会的意義が重要であって技術をどの様に用いてより良い社会づくりに貢献するのかという意志が無いとイノベーションは起こらないわけです。極論すれば、イノベーションにサイエンスは不要かも知れません。自分の学術的関心やそれを溺愛してしまうことはイノベーションの妨げですらあるでしょう(古いタイプの理系にありがち)。

果たして、政治家も、役人も、企業経営者も、もっとイノベーションを!と叫ぶわけですけど、実態はどうか。上記の経済学者の多くも指摘していますが、イノベーションを最初に定義したシュンペーター的なイノベーションが、社会の発展や豊かさ、幸福度を向上させてきた時期があったとしながらも、最近は社会的意義のためではなく、単にライバルに打ち勝ち、淘汰するための手段として、本来必要でもないものを必要と思わせる新しいネタ探し、アイデア出しの様になってしまっている、そうした悪いイノベーションが良いイノベーションを殺している、というのです。それ、分かります。深圳のB級ベンチャーなんて完全にそうですし、日本も怪しいものです。それをイノベーションと言いつつ、一体どういう理念があり、どの様に良い社会形成に貢献するのか、という社会的意義のためではなくて、如何に商業的に成功するか、競争に打ち勝ち、利益を上げるかという経済的意義だけが新しいモノやサービスを生み出す動機になっているところがあります。もっと酷いのは、圧勝する巨大企業が誕生したことで、イノベーションを阻止する動きまであるということです。例えばアマゾンやマイクロソフトなどは、元々はイノベーションを起こして社会変革を起こした、アメリカの発展の原動力でした。ところが、企業買収、いわゆるM&Aを通じたライバル潰し、邪魔な存在だとしても重要なオルタナティブであったはずの同業他社潰しが進行し、進化の原理である代謝のメカニズムが破壊されてしまいました。さらには、そうした民間会社が病院、学校、交通など、公共性の高い事業にまで手を出し、そうした公共サービスの健全性さえ危ぶまれています。

科学技術による人類の前進を信じて、自然科学と工学技術を志した理系の同胞、もちろん学生諸君にも呼びかけたい。そんな単なる金儲けの手段に利用されることは嫌ではないですか?声高にイノベーションを主張する人がいたとして、それがどんな理念に基づくのか、そこはしっかりと自分で判断した方が良いです。というか、自らが理念を持つことが必要であり、だからこそ世界に目が見開かれていることが大切だと思うのです。何度も言っていますけど、知ること(学ぶこと)はまず大前提です。無知からは何も生まれません。しかし、批判的精神をもってそれを咀嚼し、知ったことから想像力を働かせ、気づくことが自分を導く本当のチカラになります。それを怠ると、とりあえず強そうな人についていこう、となってしまいます。その先に地獄が待っていたとしても。良い物(知識とか技術とか)を持っていたとしても、それをどう使ったら良いのか分からない(アイデアが無い)。だからそれを悪用しようとする人にさえ協力してしまうかも知れない。世間知らずのマジメな理系の悲しい末路です。

(経済)成長の無い時代、世界の分断と気候変動によって今までの当たり前を維持することが困難となる時代において、幸福な社会の形成に資する社会的意義の高いイノベーションが求められています。それは、再び巨大なマネーを生む金儲けであったり、気候変動を無関係にしたり、有り余る程のモノに溢れた世界を実現するためでないことは明らかです。火星移住でもありません。成長(膨張)よりも持続する幸せが最も高い目標となった今、イノベーションの意義を取戻し、本来の、本物のイノベーションを起こす人たちが救世主となります。創業時はイノベーター集団であっても、一度成功拡大し、その経済的価値を保つことに必死になっている大企業(とそれに従属する弱い理系)にはイノベーションは起こせないでしょうね。イノベーションへの熱い情熱を持った人は、自ら起業すべきだと思います。サイエンスが足らないのは何とかなりますが、世間知らずにはイノベーションは起こせませんね。新しい挑戦者を社会が後押しして欲しいですね。寛容にね。

2023年1月25日水曜日

慢性デフレと急性インフレ

 東大の渡辺努先生が指摘する、日本固有の病、慢性デフレと急性インフレの同時進行について色々考えさせられました。

渡辺努「世界と日本の物価に何が」 NHK解説委員室

今朝のおはよう日本でもこの話題が取り上げられ、渡辺先生が解説していましたね。まず、現在直面する急激なインフレの直接要因は、実はウクライナの戦争ではなくて、パンデミックによる物流停滞である、と。確かにデータ的にはそうです。ただ、このウクライナ戦争が世界の分断と不協力を決定的なものにしていて、健全なグローバル経済への回帰をほぼ不可能にしてしまったことが問題で、必ずしもインフレという形でなかったとしても世界経済の悪化が一層進む要因となってしまったのは確かです。そして気候変動による自然ブレーキ、これも忘れてはなりません。

起こってしまったことを今さらとやかく言っても仕方ないのですけど、やはり日本の場合、バブル崩壊後30年以上に渡る低成長の悪影響が出ていますね。しかし、それを放置したのは、再び成長出来ると信じて、過去の成功にしがみつき、有りもしない成長を訴え続けて何も有効な対策、抜本的な社会構造の変化に取組んで来なかった政治の失敗、社会全体の失敗でもあると思います。今日に至ってはっきりとしていますが、もはや「成長、成長、成長!」と叫ぶことは本当に馬鹿げています。そんな余地はありませんし、実は必要さえないのです。むしろ萎縮していく経済の中で、どうやってQoLを保ち、安全安心で幸福な社会を作っていくのかが重要です。

戦後の経済成長の原動力は、必要なモノを不安無く獲得することにありました。今では死語の様にも聞こえる「衣・食・住」です(自動車さえ入っていませんね)。もちろんここで言う衣は最新トレンドのファッションではなくて、身を守るための衣ですし、住は豪華絢爛な住宅ではなくて、雨露をしのいで寝ることが出来る場所です。本当の意味での必要品です。そうしたモノの充足を真っ先に成し遂げたのがいわゆる先進国でした。グローバル経済の時代には、これが新興国、途上国にも降りていって、一旦はモノの充足は果たされたかのようでした。そして、人間の飽くなき欲望は、次の成長を目指し、本来不必要なモノを必要と思わせることに集中していきました(QoLの誤った解釈)。それを誘導したのも先進国です(そこに住む人が先進的なわけではありません、むしろ古い概念を捨てきれない遅れた人たちです)。モノからコトへ、コトからトキへ、と何だかよく分からない豊かさを追い求める時代が始まりました。挙句の果ては、火星移住とかどうしようもなく馬鹿げた話がまことしやかに語られます。地獄の地球から抜け出して天国の火星に移住?ニューフロンティアとして熱い視線が注がれる火星が天国だかどうだかは知りません。仮に天国だとしても、はっきりしているのはそこに行ける人は他の多くの人の不幸を踏み台にしたごく一部の成功者(?)だけです。イーロン・マスクのたわ言にあこがれる方、あなた達の大半は地獄の地球に残る方なので、そのことは理解しているべきです(かく言う私も絶対地獄に残る方です)。もはやフロンティアは存在しないのです。しかし遅れてやってきた中国は、14億人の欲望を満たすために、一帯一路侵略構想を掲げ、実行しています。貧しい国を豊富なマネーで毒し、あわよくば経済成長してもらって中国経済圏の一部とする、成長しなくても中国に従属せざるを得ない状況に陥れる。最貧国を無理矢理フロンティアにしようとする中国新帝国主義です。今やアメリカ式帝国主義もその終焉を迎えつつあるのです。過去に永遠の繁栄を遂げた帝国は一つもありません。凋落の後には非常な苦しみが待っています。中国が責任ある大国を自称するなら、貧乏な国をその魔手にかけるべきではありません。それは続かないし、必ず悲惨な最後を迎えます。そんなだから、世界から信頼が得られないのです。

技術によるニューフロンティアは現実か?スマートホンや、その他のICTが一種の夢を見させてくれた時期もあったと思います。低成長の日本では、そうしたサービスもどんどんチープな売り物へと転落していきました。それも無理はありません。スマホの画面で美味しそうな食べ物の写真をどれだけ見ても、お腹は満たされないのです。そして今日、リアルバリューとしての食品の価格が急速に上昇し始めました。過去30年、供給は満ち足りていたので、賃金が上がらない中で物価上昇も抑え込まれたのです。それでも、一時期の牛丼安売り競争に記憶される様に、食事の質を落としてでも経済的ゆとりを追い求める、生活のステルス値上げに奔走した時期もありました。もう20年近く前ですかね。あの頃、極端な牛丼安売り(一杯250円とかだった)を私はヤバイと思っていました。そのことを当時ウェブにも書いていたのですけど、もう残っていないですね。よく世界経済(地域経済においても、ですけど)はケーキの取り分と対比されます。誰が一番大きなピースを得るか。しかし、これさえ問題とならなかったのは、従来は「ならば新しいケーキを焼けば良い」という仕組みが機能したからです。途上国には途上国用のケーキを大量に焼きました。ところが、もうその資源は残っていないのです。いよいよ、ケーキの取り分を決めなくてはならない時代に突入しました。世界にまだ未開の地、フロンティアが多く残されていた、人類の冒険の時代は終わったのです。これからはケーキがみんな(今は80億、いずれ100億)に行きわたるようにして、それを持続する仕組みを作らなくてはなりません(そうしないと、不幸を生む)。そして、「モノへの回帰」が迫られることになります。ここで言う一番大切なモノは食糧であり、エネルギーです。そこに健康長寿も加えたいところなのですが、それさえ贅沢な様に思われます。人はある程度時間が経ったら死ぬべきなのです。自然の摂理に反してまで長生きしようとするのは、究極的な強欲さの様にさえ思えます。自分が死ぬことも嫌だし、愛する人を失う苦しみは誰にも味わってほしくない、と思いつつも、それを受入れることも人が生き物として持続し、この世界が持続的であるために必要なことだと思えます。

最初の、慢性デフレと急性インフレの話に戻ります。日本がとてもマズいのは、日本人が成長しない経済に慣らされ過ぎてしまっていることです。先のリンク上にあるグラフを見ると分かりますが、電気とかガソリンとか、エネルギー価格は容赦なく上がっているのに、大半の物品やサービスの価格は日本では据え置きなのです(欧米は違って、全部上がっている)。前者が急性インフレであり、実はこれが実体経済を表わしています。エネルギーには途中に付加価値の追加がほとんどありませんから、実際の価格が即座に小売価格に反映されます。ところが、賃金が上がらないのに価格を上げるわけにはいかない、上げればお客さんが離れて行ってしまう、という従来からのメンタリティーが健全なインフレを阻止する社会的な雰囲気を生んでいます。エネルギー価格の高騰は、食糧はもちろん、全ての製造業、さらにはサービス業に対してもコストの増大を招くハズです。しかし、今は我慢すべき、とコスト上昇分を必死でカバーし続けようとしているのです(涙!)。このコスト上昇が一過性であるならば、嵐がやむのを待つことで再び青空を拝めるのかも知れません。しかし、それは相当ありそうにないこと、です。パンデミックと戦争、気候変動のトリプルパンチで、今後コストが低下する見込みなどありません。むしろ上昇し続けます。とすれば、本来はしかるべきタイミングで価格を上げなければならないのですが、日本では空気の支配がそれを妨害しています。これが慢性デフレを生んでおり、今ここで金利を上げたりすれば、一層守りに走り、限界を越えた我慢をしてしまうことでいずれ死に至ります。

このまま行くと、何が起こるか。まず中小企業がコスト増大を価格転嫁しきれず、廃業に追い込まれることになります。エネルギーや肥料の価格高騰に苦しむ農家も同様です。食べ物を作ることをやめちゃうかも知れない。そうすると、食糧も物品もサービスも、サプライチェーンが一気に崩壊することになります。内容は向上していないのに段々と価格が上がるインフレと賃金が上がらないために生活の質が徐々に低下するならまだマシな方です。賃金上昇よりもインフレが先、でも人は何とか生きていくでしょう(特にお金のある国では)。しかし、恐ろしいのは、今社会を蝕む病の進行に対してその処置が遅れて、ある時急死してしまうことです。日本の場合、社会の雰囲気が価格上昇を抑え込んでいて、みんな我慢してしまいます。それが病の進行への気づきを遅らせてしまうのです。ある時、サプライチェーンが一気に破綻して、お店の棚から食糧や色々な商品が消える、あったとしても以前の10倍以上の価格で誰も買えない。苦しいけど何とかなっていた状態から、急死状態に転落する、そんな大パニックの状態に陥りそうで心配です。先述の渡辺先生は、今こそ賃上げと経済成長の好循環への回帰を生むチャンスであって、今年の春闘での賃上げが正念場、とおっしゃってますが、それはやはり経済成長は(今はしていないだけで)する、出来ること、という考えが背後にある様に思います。世界の分断対立、資源枯渇、気候変動の中で、もはや成長などあり得ないでしょう。賃上げに対して、まずは大企業が模範を示し、の様な考えも間違っています(経団連!しっかりせい!)。まずは中小企業の賃金を強制的に上げる、その負担分は政府が支出し、必要な財源は大企業の法人税増税(中小企業が吸い取られた分を取り返す)で賄う、というぐらいの社会主義的分配の仕組みが無ければ、必ず弱い立場の者が先に死へと追いやられます。中小は契約が切られない様に必死に我慢していますが、それにあぐらをかいているのは大企業側です。中小の仕事が無ければ大企業の仕事も成立しませんよね?出来るというなら全部自前でやったらよろしい。それだと採算が合わないので、中小から搾取することで利益を得てきたんでしょ?もうそれは続けられない、正当な対価を与えないとならない、ということです。

だから、インフレに対応して賃上げしても、成長すれば良し、というのも古い考えだと思います。欧米も早晩壁にぶち当たって今よりもっとひどい目に遭います。長年の低成長時代を経験してきた日本は、むしろ将来に渡っても成長しない世界の中でどの様に持続可能な幸せを守るのか、という戦略のシフトが必要と思います。西洋人は金への執着から抜け出せず、滅亡への道を歩み続けます。日本はアメリカと運命を共同すべきではありません。一旦覚えてしまったお金の味を忘れることは難しいでしょう。しかし、日本人の豊かさを生んでいたのは物質的欲求が満たされることだけではなかったハズです。ベンチに置き忘れた財布が警察に届けられる素晴らしい国でした(過去の話ですかね?)。隣人を大切にする思いやりに溢れた社会を取戻すために、今ある資源と長年培ってきたテクノロジーを有効に利用して、今まで地球上に存在しなかった持続可能な社会システム、増えも減りもしないけど心身共に豊かだと感じられる新しい日本を目指して欲しいと思います。その実験を試みるのも政府の務めだと思いますね。


還暦

 私、1966年生まれ、丙午(ひのえうま)です。2026年になりましたので、還暦を迎えました。すなわち、今1歳です。あと何年生きられるでしょうか?ひとまず、60年で色々経験させてもらい、色々なことを学び、考え、行動することが出来るようになりました。出来ることが増えた一方で出来なく...