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国立大学法人山形大学工学部教授の吉田司のブログです。2050年までのカーボンニュートラル社会実現に向けて、色々な情報や個人的思いを発信します。発言に責任を持つためにも、立場と名前は公開しますが、山形大学の意見を代弁するものではありません。一市民、一日本国民、一地球人として自由な発言をするためにも、所在は完全に学外です。山形大学はこのブログの内容について一切その責任を負いません。

2021年7月9日金曜日

ペロブスカイト太陽電池実用化?

 このブログでペロブスカイト太陽電池のことを話題にするのは初めてではないでしょうか?「へえー」と思う記事があったので、紹介します。有料なので、一部しか見れませんけど。

MIT Tech Review: ペロブスカイト太陽光電池、実用化へ数社が名乗り (technologyreview.jp)

2010年頃に登場して、一気に研究ブームが沸き起こったペロブスカイト太陽電池ですが、ここにきて実用化の見通しが得られた、というのです。読める部分で取り上げられているのは、ポーランドにあるSaule Technologiesというベンチャー会社です。

Saule Technologies – Inkjet-Printed Perovskite Solar Cells

インクジェットで製膜する特徴があるみたいで、フィルム型で変換効率は10%ぐらいとのこと。一体何に使うんでしょうね?ウェアラブルとか、エナジーハーベストとか、人の近くで使うものであれば、有毒ですぐ分解する鉛化合物の太陽電池はちょっと使いたくないです。ピラピラのフィルム状太陽電池を屋外で連続使用することは考えにくいですから、建材と一体化して窓とか壁面に使う、BIPVですかね。でも効率10%では低すぎる。

今や脱炭素は譲れない目標であり、日本の様に平地面積が少なく、建設にかかる人件費も高い国では変換効率が高い程(建設費節約できる)優位ですから、安ければ変換効率は低くても良い、とはなりません。かつて有機太陽電池の研究をしてきた私がそんなことを言うなんて恥ずかしい。「変換効率が低くても、カラフル、フレキシブルだぜ!」とアピールしていた張本人です(大爆笑)。しかし、今や事態は完全に変わりました。

まあ、変換効率よりも、ペロブスカイト太陽電池の大問題は、その耐久性の無さと材料の毒性です。悪名高いカドミウムを使ったCdTe太陽電池が広く実用化されたことを思えば、鉛の毒性など問題ではない、とか、鉛蓄電池をみんな使っているじゃないか、ということを言う人がいますが、見当違いです。CdTeは滅茶苦茶安定な化合物で、水に溶けたりしません。ところが2価の鉛の化合物(CH3NH3PbI3の様な組成です)であるペロブスカイトは、ジャンジャン水と反応します。鉛蓄電池に使われている、Pb, PbSO4, PbO2は全部水に不溶です(電解液は希硫酸水溶液です)。だから、自動車事故で鉛汚染が広がった、などというハナシは聞かないわけです。そもそもね、無機材料化学をやっている者の常識として、生成エネルギーの小さい化合物は作りやすくて壊れやすいのですよ。どうしてペロブスカイト太陽電池があんなに高い効率になるかと言えば、その結晶クオリティーの高さです。反応しやすいので、溶液からの結晶化でほとんど欠陥の無い結晶が得られますから、キャリア寿命が長く、モビリティーが高いのです。だから、溶液プロセスでも良い太陽電池が出来る。ただし、それは瞬間芸。作りやすさは壊れやすさの裏返しです。水じゃなくて、熱でも分解するのが致命的だなあ・・・。

まあ、そういうことをつらつら考え、実際に一度はちょっとだけペロブスカイト太陽電池を研究したんですけど、「これは未来無いわ」と思って手を引いた過去があります(私のこと)。そうこうしているうちに、結晶シリコン太陽電池の価格が劇的に低下して、そもそも代替太陽電池を研究する理由が無くなっちゃいました。皆さん、流行りだから研究費は取れるし、論文はハイインパクト誌に出るから、一生懸命やっている人もいますけどね。どこまで本物になると信じているのかは疑わしい。流行もそろそろ終わり、と思っていたら、こんな記事があったので、「へえー」と思ったわけです。

この記事に登場する、NRELのJoseph Berryさん、私の共同研究者であるバーモント大学のMatthew Whiteさんの友達なので、学会で一緒になり、ピザ一緒に食べてた記憶があります(3年くらい前のこと)。良い人ですし、真面目な研究者ですよ。

Joseph J. Berry | NREL

「大丈夫って自分も信じたいし、自分にそう言って欲しいっていう人も多いんだけど、正直確信は出来ないんです」とは正直な答えだと思います。アカデミック研究の対象として、この鉛ハライドペロブスカイトが大変面白い材料であることは疑い無いですよ。簡単に作れるし、よく光るし。でも、実用材料としてはどうかな。

もしも20%超の単結晶シリコン太陽電池上に塗布して、30%超のタンデム太陽電池をちょっとだけのコスト増で作れるならば、大変有用だとは思います。上記の通りで、土地を節約出来ますし、ガラスに封入していれば水分劣化は心配ないですからね。しかし、このポーランドの会社はきっと5年後には無くなっていることでしょうね。フレキシブル太陽電池のマーケットってさほど無いだろうと思いますし、そこにこの材料は不向きで、まだ有機薄膜や色素増感の方がメリットあります。

ペロブスカイト太陽電池を一生懸命やっている人には悪口になってすいませんが、この通りだと思います。早く他のこと、特に水素やアンモニア、CO2還元と蓄電やった方が良いですよ!一緒にやりましょう!

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