このブログについて

国立大学法人山形大学工学部教授の吉田司のブログです。2050年までのカーボンニュートラル社会実現に向けて、色々な情報や個人的思いを発信します。発言に責任を持つためにも、立場と名前は公開しますが、山形大学の意見を代弁するものではありません。一市民、一日本国民、一地球人として自由な発言をするためにも、所在は完全に学外です。山形大学はこのブログの内容について一切その責任を負いません。

2021年9月29日水曜日

岸田新総裁への期待

 激しい戦いとなった、自民党総裁選は岸田文雄さんが制しました。

自民党新総裁に岸田文雄氏を選出 決選投票で河野太郎氏降す (msn.com)

皆さんは、どういう感想や期待をお持ちでしょうか?まあ、予想外の結果ではないですよね。決選投票となったこともあり、結局永田町の論理が優先された印象はあります。国民の側には色々な思いもあろうかと思います。私もそんな一人。

岸田さんが真っ先に立候補表明をしたということもあり、もし首相が岸田さんならば、これに期待、と思っていたことがあります。ご存知ですか?岸田さんは広島の出身です。是非、国連の核兵器禁止条約を批准して欲しいと思います。「そんなことしたら日米の関係が大変なことに!」という心配はあるでしょう。しかし、広島出身の岸田さんがそれをせずして、一体誰が核兵器の無い世界のための行動を日本からするでしょうか?そしてもちろん、エネルギー政策においては可能な限り早期の原発の停止、もちろん新造はしない、と明言して欲しい。核と共に生きる未来はありません。

同じく広島出身の被爆者でカナダ在住のサーロー節子さんが、必死の訴えで成立させた核兵器禁止条約を唯一の被爆国である日本が批准していないということは大変嘆かわしいことです。是非岸田さんはサーロー節子さんと対談して欲しいと思います。

しかしね、私の知る限りでは首相としての公約に核兵器禁止条約批准なんて、岸田さん、これっぽっちも触れていませんよ。リーダーシップとは何か?北朝鮮や中国を先制攻撃出来るミサイルを配備することで、国民の安全を守れるなんて、決して思わないで頂きたい(あ、それは別の人でしたね)。

(追記)首相就任後の所信表明演説では「広島出身の首相として、核の無い世界の実現に向け努力する」とは宣言しましたね。期待しましょう。ただ、「努力はしますけど、そんなの無理に決まってるじゃないですか!」という言い逃れはしてほしくないです。やはり具体的には、国連の核兵器禁止条約の批准でしょう。

2021年9月24日金曜日

気候変動が紛争を招く 国連安保理

 今朝のニュースで、国連安保理において気候変動の問題が議論されたことが報じられていました。

“気候変動で紛争や難民が増えている”国連安保理で危機感共有 | 環境 | NHKニュース

いやもう、だから気候変動の問題は怖いんです。水や食料が無くなった時に、冷静でいられますか?他者を殺してでもそれを奪い取ろうとするでしょう。弱い者は追いやられ、難民と化します。平和と秩序もあったもんじゃない、SDGsなんて夢のまた夢。だから必死で気候変動を抑制しなくてはならないんです。

米国代表のブリンケン氏も、国連安保理として気候変動問題に対する権限行使を、と発言したようですが、果たして国連がどういう強制力を発揮できるのでしょうね?軍政によって人権を蹂躙している国家のリーダーも、気候変動において勝者も敗者も無いのだと、全員が勝者になるために、絶対に失敗出来ない挑戦なのだと、考えて欲しいものです。

あ、ちょっと宣伝です!今週土曜日(明日)と来週の2回にわたり、YTS山形テレビの朝の番組、「提言のひろば」に、私、吉田が出演いたします!

提言の広場 | YTS山形テレビ

土曜日の朝の、7時半からの番組なので、誰も見ないですかね?そもそも、山形だけです。今回「カーボンニュートラル」を特集しておりまして、色々と話をしております。ちょっと恥ずかしいですけど、見れる方は是非ご覧になってください!

2021年9月18日土曜日

美しい国?

 自民党総裁選が始まりました。恐らくは次の首相になる方を選ぶ選挙です。脱炭素と関係ない?いや、大ありだと思います。4人の候補が示すエネルギー政策には大きな違いがあります。まあ、その根拠や効果などの分析は決まってからでも良いと思います。是非皆さんには、それぞれの候補の主張に耳を傾け、この国(日本という地域)の将来がどうあって欲しいのかを良く考えて頂きたいと思います(自民党員じゃなければ投票出来ませんけどね)。大学教員は特定の政治的信条を押し付けたりしてはいけないので、あくまで個々人が考えるべきことであるとは上記のとおりです。ただ、考えることは大切です。

さて、しかし私としては、少なくとも注意喚起しなくてはならない発言が既に出ていると感じており、それを共有したく思います。ある候補が自身が目指す日本の将来について、「美しい国」という言葉を使っています。これはファシスト発言です。とある過去の首相もこの言葉が好きでした。「美しい・・・」だけではなくて、「美しく、強く、発展する日本」なのですけど、強いとか発展については、客観的尺度、定量的尺度があるかも知れませんが、「美しい」とは?何を美しいと思うかは、全く主観的問題です。一体誰が何をもってして日本が「美しい国である」と決めるのでしょう。その候補者がそう言いたいのでしょうけど、それこそ、個々人が判断して良いことであって、目標たり得ないです。その候補者の言う「美しさ」に国民が従わされるわけですね?だからファシズムなのです。いや、元々のファシストは、ムッソリーニが組織した「黒シャツ隊」の「団結」を意味する言葉ですが、「これが美しいんだよ」という思想に従わされる(無理矢理でも団結させられる)のは民主主義を踏みにじってますわな。それこそ、神風特攻隊は「美しかった」のですか?

明らかに大変な危険思想の持主であることが、「美しい国、日本」という言葉から分かります。あなたが美しいと思えばそれでよし。美しいと感じなくても何も問題ない。何を持って美しいと感じるかは、全くもって個人の自由ですね。全体思想的なファシストは、「実は待ってたんだよ、その言葉!」と思っていた人の心を打ちます(右傾向の強い人)。社会が危機的状況にある時ほど、矛先を外部に向けるこうした思想が支持されやすいのです(それが今)。

でも、待ってくださいね。そんな時代はとっくに終わったのではないですか?我々は過去の恐ろしい過ちから学び、それを二度と繰り返さないと心に誓ったのではないですか?総裁選も、具体的な政策の表明とその是非によって判断されるべきです。「美しい」なんて言葉で騙してはいけない。

2021年9月15日水曜日

紙や木で脱プラは本当に脱炭素?

 軽くて丈夫、加工もしやすいプラスチックは、20世紀に暮らしを一変させたとても便利な材料ですが、最近は環境破壊の悪者扱いされて「脱プラ」があちこちで進められようとしています。代表的なのはレジ袋の有料化、そしてコンビニで大量に使い捨てされるストローやスプーンなど。

コンビニ業界などで迫られる“脱プラ”への動き その背景は? | NHK

この木製スプーンなんて、ちょっと使い捨てするのがもったいない感じ。木はプラスチックの様に均質じゃないので、割れたり折れたりしないように、ある程度材料を沢山使わないとならないでしょうね。板材を熱プレスしているのか、塊から切削加工しているのか?後者だとかなりコストがかかりそう。バイオマス由来でも、紙の方がより加工はしやすいだろうと思います。

製紙大手 プラスチック製品に代わる紙製品 相次いで実用化 | 環境 | NHKニュース

魚を運ぶ発泡スチロール容器の代替が出来ると説明されていますが、クリーニング屋さんのハンガーも紙製のものが登場しているようです。

確かにバイオマスは、カーボンニュートラルだってことになってはいますが、もちろん原料の生育、採取、輸送、加工などにはエネルギーの投入が必要なので、全体としてはニュートラルにはなりません。そして、これら使い捨て製品は、リサイクルされるわけでもなくて、最後は燃やされるのでしょう。それならば、プラスチックも同じこと。プラスチックが環境中にいつまでも残ってしまうのに対して、木や紙は生分解性なので、万一ポイ捨てされてもいずれ環境中で循環するというところは良いのでしょうけどね。プラスチックをやめて、木や紙にすることで、本当に脱炭素が進むのか、LCA的評価や今後の検証が必要と思います。

そもそも、使い捨て文化自体が見直されるべき、というのも正しいでしょうね。コンビニでアイスやジュースを買って、それをすぐに食べたり飲んだりできるスプーンやストローが提供されるのは確かに便利。まさか、マイスプーンとマイストローを持参しないでしょうし、いちいち洗わなきゃならない。便利さは諦めたくないですよねえ。でも「使い捨て」という考え方そのものは、やはり持続性と相容れない。

どこまでだったら利便性を犠牲にせずに環境負荷を低減できるでしょうか?例えばスーパーマーケットが成立するためにはプラスチックが必要だったんですよね。肉や魚は必ずプラスチックトレーに乗り、ラップされています。だからバスケットにポイっと投げ込めるし、会計も簡単。記憶の片隅にはあるんですが、最近YouTubeで、1960年代の日本とか(もっと古いのは1900年頃のアメリカの高精細カラー化ビデオとか)を見ることができます。お母さんが、食材を買う様子もあったのですが、肉はもちろん、魚も紙にくるんで「はい」と渡し、その場で個別に会計して買い物カゴに入れるのです。豆腐なんて、持参した容器に水ごと入れているんですよ!確かにそうだったです。子供の頃、母親について買い物に行く時、いつも買い物カゴを持っていました。時々水が漏れることもあったと思います。ゴミは間違いなく減るでしょうけど、そんな面倒なやり方には戻れないなあ。便利さは犠牲にせずに、持続性は担保する、そんな技術開発が必要ですね。大切なのは、そういうこれまでの生活を支えていた資源の大量消費の罪悪に気付き、それを変えたいと皆が願う様になることですね。

2021年9月11日土曜日

米国同時多発テロから20年

 お盆に2週間ぐらい更新しなかったせいか、最近閲覧が激減しております。残念。カーボンニュートラルは流行りではなくて、これからの人類社会にずっと関わり続ける問題であって、常に真剣にそれに向き合うことが大切です。どうか、一人一人がそれを学び、共に考え、行動することを続けて欲しいと思います。

さて、今日であの凄惨なテロ事件から20年が経ちました。今日Nスぺで特集もあるみたいですが、直近のアフガニスタンの混乱の状況を見ても、世界がより平和になったとはとても言えません。言うまでもなく、平和と秩序が保たれない世界において、世界規模のカーボンニュートラルの実現などあり得ないわけで、戦争の無い平和な世界を保つことはカーボンニュートラル実現とは不可分です。科学技術を学ぶ理系の学生さんたちも、技術やその経済効果のことだけを考えるのではなく、広い視野を持って恒久的な世界の平和に如何にして貢献するのかということを考え、発言し挑戦し続けて欲しいと思います。

軍事的攻撃の対象となった、アルカイダやISなどの主要テロ組織は20年に渡るテロとの戦いで弱体化したものの、その頭を叩いたことで小さな集団に分散し、認定されたテロ組織の数はこの20年に倍以上に増えているようです。テロ攻撃の動機が無くなったわけではなくて、むしろ強者による支配に対する恨みと抵抗は強められているのではないでしょうか?それらの人々は息をひそめて反撃のチャンスをうかがっていることでしょう。国際社会からその存在がより見えづらくなっていると思います。

そして、タリバンによるアフガニスタンの掌握、アメリカ軍の全面撤退が起こりました。これからのアフガニスタンがどうなるのかはまだ分かりませんが、私自身は全く楽観していません。正面から世界の列強に対立すれば、以前の様に痛めつけられることは学んだと思います。それが、民主化をちらつかせる様なタリバン報道官の発言から分かりますが、根本が変わったとは到底思えません。彼らにとっては、人や社会がどうあるべきかは愚かな人間が決めるべきことではなくて、神の導きに従うことが規範なのです。だから全てのことはイスラムの教えに従うことが基準で、民主主義は無責任であり、愚かな人の欲望を増幅させてしまう仕組みなので、決して評価も受け入れもしないでしょう。過激なテロ組織だけでなく、タリバンもそのイスラムの教えを極端に解釈する組織なので、女性の人権などは全く無視されると思います。それを社会全体が受け入れて、地域の秩序と平和、幸せな暮らしが守られるならば良いのかも知れませんが、人の根源的欲求であり権利でもある自由をはく奪されることへの恐怖と嘆きの声が既に聞こえてきています。結局そういう社会ルールを強要しているのは、そのイスラム社会の中における強者たちであり、弱い者はただ従わされることになります。だから、それを放っておいて良いとは思えないのですけど、だからと言って軍事攻撃し、制圧しても新しい秩序は全く生まれてこなかったということです。

一方で、国際社会のリーダー格を自認する自由と民主を重んじ、資本主義的経済発展を遂げた国々は脱炭素との戦いにも直面しています。そして、その戦いに勝つ術を模索しつつも、それが見えてこない状況に陥っているのではないでしょうか。経済発展と脱炭素は本当に両立するのか?世に言う「グリーンニューディール」は列強による搾取の対象が変わるだけではないのか?など、脱炭素への挑戦は、社会全体の在り方を見直すことさえ要求していると思えます。思えば、第二次世界大戦開戦前の世界において、スターリン率いるソビエト連邦は、共産主義、社会主義こそ人々の繁栄と幸福を実現する理想的な国家であると、不況にあえぐ西側の自由資本主義国家から羨望された時期がありました。しかし、実際には体勢に逆らう人は全て粛清される恐怖政治が支配する国家でもありました。朝鮮戦争の後の北朝鮮もしかり、ベトナム戦争の大混乱の中でカンボジアを支配したポルポト派が行った自国民に対する残虐行為など、やはり弱者が強者によって支配される本質は変えようがないと思えます。であるならば、やはり見かけ上はとても美しい共産主義は成功し持続することもあり得ないし、あってはならないと思えます。しかし、直近の中国はどうでしょうか?自由は無いかも知れないけど、あの巨大国家が繁栄と成長を続けている様に見えます。全体主義的なシステムでなければ、脱炭素との戦いには勝てないかも知れません。実は、脱炭素実現への社会システムの模範であるかも知れないのです。

色々な事、過去の過ちや悲劇を知り、今日の世界を見て未来を展望し、自分なりに一生懸命考えるのですが、何が本当に人々の幸せのために良いことなのかについての結論など到底得られていません。それはずっと無理なのかも知れませんね。だけど、そういう思いを持って自分が出来ること、残せることのために自分に与えられた時間の中で努力することは大切だと思っています。

2021年9月8日水曜日

オーストラリアに化石賞を!

 どうなっても構わないというならともかく、もはや国際的にも誰も異論を唱えることが出来なくなった、脱炭素への動き。それでも異論を唱える人たちはいるのです。

豪政府、石炭産業は「2030年以降も」継続 国連の警告に異議(CNN.co.jp) - Yahoo!ニュース

東日本大震災以降石炭依存が急速に進んでしまった日本は、不名誉な「化石賞」を頂き、国際社会からボコスコに言われましたが、是非それを返上すると共に、オーストラリアに化石賞を差し上げましょう。

どうしてこうなるかの理由は簡単。目先の金であり、変化を拒む堕落。こんなことを政府が正々堂々と主張するとは、オーストラリア国民の皆さん、恥ずかしくないか?無くなる心配ないとか、どれ程の雇用を生み、オーストラリア経済に貢献しているとか、全部関係ないです。このまま石炭依存を放置すれば、人類社会は大打撃を受けることを既に科学は証明しているのです。どうやって資源の切り売りに依存した経済から脱却して、持続性のある国民の幸せを守るかに努力するのが政治の務めでしょう。既得権にしがみつく人に同調していては、何のための政治でしょうか?

オーストラリアには、太陽光発電で著名なニューサウスウェールズ大学の、その名もGreen教授もいて、再エネで決して劣った国ではないはずです。褐炭から作った水素を日本に輸出するのではなくて、人工光合成によって作ったグリーン水素を日本に供給してください。石油にその経済がずっと依存してきたアラブの国々でさえ、石油脱却を急いでいるではないですか。地球が住めない星になってしまったら、経済成長なんて関係ないですよ。

しかし、こういうハナシが先進国と見なされているオーストラリアから出てくることが少々驚きですね。実はそういう資源頼みのお金持ちの国って他にもあります。カナダ。オーストラリアはあのデカい国土に人口2500万人、カナダは3700万人。オーストラリアは石炭なので余計マズいですが、カナダも木を切り倒して輸出することと、豊富な水力による電力をアメリカに売るだけでもあの経済水準を保てます。バックアップが十分にあるわけで、好きなこと言ってられます。実はノルウェーやスウェーデンもそう。国土大きい割に人口少ない。天然資源や水力が豊富。それに比べて我が日本は何も持っていないし人口多い。だから、それが良かったんだと思います。土を掘ったり木を切り倒すことによってではなくて、色々工夫して、自らの手で価値を創出しなくてはならない(工業製品だけでなく、農産品なども)。だから頑張れるんだと思いますよ。

2021年9月7日火曜日

山形からEVトラック

 立て続けにEVの話題になりますが、これは山形からのニュース!

トラックEV化へ走行試験 サニックス(山形)、23年度の事業化めざす (msn.com)

天童市にあるサニックスという会社が、EVに改造された貨物トラックの試験を行ったということで、山形大学の国際事業化センターもその開発に協力しているとのことです。全然知らなかった。

トラックは今でも物流の主力ですが、大きく重いトラックは、大きいディーゼルエンジンで動いていて、当然CO2の排出量も多いです。長距離の輸送をすることもあります。だからこれを全部電気で、となるととても大きいバッテリーが必要になってしまい、簡単にはEV化出来ないという説明。しかし、国内はもちろん、海外でもEVトラックの開発は進められています。重いとはいえ、一方では大きいので、専用設計をすれば上手にバッテリーを積むことも出来そうです。

上記レポートのEVトラックは、実際にはレンジエクステンダーとしての発電用エンジンを搭載していて、ゼロエミッションではありません。さらに、トラックにとって一番大切な荷室にデデーンとバッテリーが搭載されているのはちと問題ですねえ。やはり専用設計で、最初からバッテリー駆動をするEVトラックを開発しなくてはならないと思います(やっていると思います)。とは言え、そもそも長距離移動を前提とする必要が本当にあるかどうかも疑問です。長距離を走るトラックと、市内でコンビニに弁当を配達するトラックでは、一度の走行距離は全然違います。むしろ、都市部で沢山使われている2t程度のトラックを全部電化した方が良いのではないかと思います。ワンチャージで100キロも走れば十分で、荷物を積み替えている間に充電が完了する様な急速充電が必要ですね。

さて、EVトラックの開発は、トラックが庶民の足になっているアメリカで盛んに進められています。異様な形で話題になったテスラのサイバートラックも2022年から本当にデリバリーするそうですが、実はアメリカで一番売れているクルマであるフォードF-150というピックアップトラックのEVバージョン、その名もFord F-150 Lightningも近々発売のようです。

フォード、「F-150 ライトニング」初公開 ピックアップトラック「F-150」のEV版 - Car Watch (impress.co.jp)

その内容には驚くばかりです。馬鹿でかいピックアップトラックは、かの地では生活の道具として定着していますが、当然大きいので大量の燃料を使います。こんなものが、飛ぶように走るわけない、と思いきや、なんと0-60 mph (0-100 km/hとほぼ同じ)加速が4秒なんだそうで、F-150シリーズ最速をうたっています。走行レンジは300マイル(480キロ)ということなので、相当な容量のバッテリーを搭載しているはずです。分からないですけど、恐らく100 kWhを越えます。なのに、一番驚いたのはその価格で、たった4万ドル(440万円)から買えるというのです。色んなものがオプションで、それらを追加すると倍ぐらいになってしまうのかも知れませんが、それでも安い。それから、本来なら巨大なエンジンが納まっているフロントフードの下は巨大なトランクになっているとのこと。一体どこにバッテリーを積んでいるのでしょう?車体の下ですかね。でもそうすると、岩にヒットしたら壊れますよ。それは本来のピックアップトラックの使われ方としては問題ですから、きっとしっかり対策はしてあるのでしょう。15.5インチのタッチスクリーンも強烈な印象ですけど、そんなギミックはどうでもよくて、本当にそんなパッケージのトラックをその値段で作れるのか、俄には信じがたいです。

まあ、これはF-150の話題じゃなかったですね。でも、この通りで、トラックもEV化が進んでいることは間違いないです。大勢の人のために働き、年間の走行距離も長いトラックやバスなどは、優先的に低炭素化を進めるべきだとは思います。


還暦

 私、1966年生まれ、丙午(ひのえうま)です。2026年になりましたので、還暦を迎えました。すなわち、今1歳です。あと何年生きられるでしょうか?ひとまず、60年で色々経験させてもらい、色々なことを学び、考え、行動することが出来るようになりました。出来ることが増えた一方で出来なく...